見つめる者

 翌日、カドクラの00年度A.S.F.開発計画レイシキの一部として、電磁加速砲レールガンの試射試験が正式に発表。それは環太平洋経済圏シーオービタルのA.S.F.関連ニュースの片隅に流れ、粒子センサネットワークを通じ、全世界に発信された。


 そのニュースは電子戦闘空域を取り扱うアングラサイトである程度話題にはなったが、どのサイトでも時代遅れの大砲という見方が大勢で、スレッドはそれ以上伸びることもなく、数日後には埋没していった。


 だが――このニュースに大きく動揺した者たちもいた。


「このスレイプニル社と言うのは?」


 男は同社の資料を机に投げた。


環太平洋経済圏シーオービタルフェザントの複合産業体カドクラ傘下。この00年度A.S.F.開発計画という計画の評価試験をやっている下請けだな」


 オペレーションセンターの一角にガラスのパーテーションで区切られた会議室。

 イワノフ系とスラヴス系の顔立ちをした者たちが、件のニュースとそれに付随する報告書を片手に話し合っていた。

 室内にはスーツを着た十人ほどの男女が難しい顔を突き合わせている。彼等の苛立ちを示すように、紫煙が室内に立ち込めていた。


 その中でエイジア系の顔立ちをした男が口を開く。


「そのスレイプニル社は、現在はカドクラの門倉海里カドクラ カイリの傘下だ。フェザント軍の第二世代A.S.F.の開発にも近い。元々はA.S.F.のオプション開発などで定評がある会社だ。ミッドランドの軍部でも取引がある」


「あのフェザントと言う国は、敵にも武器を売るのか」


「武器を売っているつもりはないのだろう。環太平洋経済圏シーオービタルの連中は、停戦協定や電子戦闘空域が固く守られると信じているから脇が甘いのさ。忌々しいことに情報力学に関して我々は、今だ後れを取っているしな」


 そんな軽口を言ってはいるが、表情は硬い。


「ニール・ランディ博士の名もある。彼らのこの計画、後々の障害になる可能性がある以上、捨て置くわけには行かんぞ」


 その一言で場の空気は重く沈む。

 椅子に座った痩せぎすの男が、神経質そうに紫煙を吐いた。


「我々の計画の障害になることは明白だ。手を打っておいた方が良いだろう――マロウ局長」


 一人、戸口に控えていたサングラスの男が一歩前に出た。


「妨害工作の作戦案を立ててくれ。それと、このフェザントの計画が環太平洋経済圏シーオービタルの……特にアドラーがどの辺りまで絡んでいるのかの調査もだ」


「対A.S.F.を目的とする妨害工作であるならば、航空宇宙軍で『正式に』叩いた方が良いのでは?」


 マロウ局長と呼ばれた男は、顎先に手を当て、相手の癪に触らぬよう一拍置いてそう言った。


「いや、通常の電子戦闘空域ではダメだ。こちらの思惑をアドラーやフェザントに察知される恐れがある。空戦による妨害工作から類推されて、こちらの計画が漏れるのは避けたい」


 ふむ、と再びひと呼吸。そして重々しく口を開いた。


「こちらの狙いが露見するのを避ける……となると例えば……要人暗殺などの大きな事件にしてしまい、相手の意識を逸らすのが効果的です……ただ、少々事が大きくなりすぎますが」


 その言葉に痩せぎすの男は一瞬逡巡する素振りを見せたが、周囲の視線を受けて決心を固めた。


「……構わん。この計画の妨害を最優先しろ。手段は問わない」


 毅然とした態度取り直し、サングラスの男に言い含める。


「了解致しました。それでは急ぎ掛かります」


 そのままマロウ局長は、未だ話し合いを続ける四人を置いて会議室を退出した。

 懐から個人端末を取り出すと、部下へコール。


「ヴァレリーか、私だ。新しい仕事だ――内容は妨害工作……いや『暗殺』になるだろうな。データを送る。至急、作戦案を策定してくれ」

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