500km

「俺も頼まれただけですんで……なんとも。それに軍事関係はあんまり詳しくないんですよ――どうして電磁加速砲レールガンなんて昔の大砲を作ったんです? 博士」


 問い詰められて困った月臣ツキオミは、ニール博士に助け船を出した。


具現領域マクスウェルを用いた電磁加速レールを研究するために現物が欲しくてね。ハハ」


 博士はそう言って、イタズラのバレた子供のように笑う。


「そういうことですか。相変わらずですね博士……だいたい事情は分かったので、試射を始めてください。射程500kmともなると、空路をいくらか遮るでしょう?」


 肩を竦めた海里カイリが、九朗クロウに促す。


「社長、阿佐見アサミさんから、航空管制クリアだそうです」


「よし、遊佐ユサちゃん、時間が限られてるからチャッチャカやっちゃってくれ」


 遊佐ユサが表示されていた空中映像プレートをフリックしながら九朗クロウが言う。

 切り替えられた画面にはASF-X03フェイルノートの姿。更に手元のカード端末を操作して、新たに空中映像プレートのモニターを空中に出現させた。


 新たに表示された映像プレートには、先ほど話にあったASF-1Fムラクモ具現領域マクスウェルで空中に描いた、直径約20mに及ぶ巨大なターゲットが映し出されている。

 さらに別のプレートが出現し、そちらには、各種観測パラメータがリアルタイムで表示される。

 会議室は一転、研究観測用モニタールームになった。


「初仕事、緊張するなぁ」


「しっかりやりなさい」


 肩に力が入る遊佐ユサに、ニール博士は優しく声をかけた。


電磁加速砲レールガン、電力供給良好。電磁加速レール定圧稼働】


 トリスの音声に沿って、ASF-X03フェイルノートが上部後方に装備した電磁加速砲レールガンの、二股に分かれた穂先のような電磁加速レールに赤光が灯る。


「トリス、いいよ」


【了解しました遊佐ユサ――マクスウェル・バレル、展開します】


 遊佐ユサが促すと、トリスは応じて頷く。AIGISアイギスの用語を用いれば、そのトリスの行動はリアクション・フィードバック。

 命令を受領、了解した旨を伝える機能だ。ボタンなどが存在しないA.S.F.のグラフィカル・コックピットでは、パイロットの入力が正しく処理されていることを伝える為に、AIGISアイギスにコ・パイロットのような応答をさせる。


 電磁加速砲レールガンの穂先の、さらに先の空中に、蒼い回路図のような模様を描く具現領域マクスウェルの円盤が五枚。等間隔に並ぶ。


【続いてマクスウェル・チャンバー、展開】


 カノンの後方にも、一回り大きな円環状の具現領域マクスウェルが展開した。


具現領域マクスウェル安定。電磁加速砲レールガン、射撃モード。待機します】


「『ハッブルの瞳』を望遠モードに」


【望遠モード。集光用具現領域マクスウェル展開】


 最後にASF-X03フェイルノートの機首に搭載された超高精細度カメラの前方に、瞳を模した蒼い具現領域マクスウェルが開いた。


【ターゲットを光学で捕捉。距離508km。試射プランから約8kmの誤差】


「弾体が出す衝撃波の影響も考慮して、ターゲットの高度を上げた分、すこし距離が伸びてる……遊佐ユサ、大丈夫?」


 ケイが資料と照らし合わせながら言った。


「だいじょうぶだよお姉ちゃん、このくらいなら……ハッブルの視覚情報を元に、地磁気と重力の再計算……コリオリ偏差修正……気象データも再検証……っと。トリス、これでどう?」


【各種データ修正、再演算……完了。誤差修正完了です遊佐ユサ


 月臣ツキオミの施した調律は巧く行っているようで、トリスの情報処理は満足行く仕上がりだった。


「注文通り、トリスには『ハッブルの瞳』を使った、演算領域ラプラス以遠での射撃に特化した調律をしてありますけど……よくよく考えると、電磁加速レールを使ってマクスウェル弾体を弾道学で飛ばすのは、何の研究なんです? 博士」


 トリスがうまく機能していることに頷きながらも、月臣ツキオミはそんな疑問を博士にぶつけてみた。


具現領域マクスウェルで実体干渉状態までプラズマ化した粒子端末が、疑似的に固体と同じ特性を持っているのは知っての通りだけども、それを使った空気抵抗や弾道学関係のデータを取っておきたかったんだよ。例えばマクスウェル固体の空力特性なんかも――」


 データの表示された空中映像プレートを小突きながら、楽しそうにニール博士は答えた。


「ニール博士が軍事関係の技術に興味を持っていたのは、意外ですね」


 ただ、弾道学は最早廃れた技術であった。

 情報力学で飛翔するA.S.F.は航空力学をある程度無視して縦横無尽に空を飛ぶことが出来、現在のASF-X03フェイルノートのように、安定したホバリングなども可能だ。

 そして演算領域ラプラス範囲内であれば、主武装であるプラズマ誘導弾はミサイルなどよりも数段上の命中精度、誘導性能を持つ。

 また、粒子端末グリッターダストが大気圏外――宇宙まで届かないこともあり、宇宙開発は途絶して久しく、唯一現存する国際宇宙ステーションへの物資輸送も、少ない粒子量で高高度を飛べる特殊なA.S.F.が使用されている。


 これらの理由により、航空力学や弾道学は、情報力学の陰に埋没していた。


「ハハ、軍事技術か……A.S.F.なんて作っている男だよ? 僕は」


 ニール博士の心中は、月臣ツキオミが知りえる処ではないが、博士は前妻――ケイの母を爆撃された研究室で失ったと聞いていたから、軍事的な研究には抵抗があると思っていた。

 ケイの母も、粒子センサネットワークの研究者だったと聞いている。


「そりゃあ、まあ、俺も電算調律師ですから、人のこと言えませんけども……」


 月臣ツキオミのような電算調律師も、元々は粒子センサネットワークの情報トラフィックの最適化技術が元とはいえ、現在はA.S.F.に搭載されるAIGISアイギスに特化した軍事技術と言えなくもない。

 粒子センサネットワークは新しいエネルギーであり、新しいネットワークインフラの形態であり、そして軍事技術であった。


 そうこうしている内に、ASF-X03フェイルノートの射撃準備が整ったようだ。


「星歴2102年4月28日14時17分、神耶遊佐ユサ搭乗ASF-X03フェイルノートによる、電磁加速砲レールガン、無誘導プラズマ翼式弾体による超長距離投射試験を開始します――遊佐ユサちゃん」


 録音用のプレートに、声を吹き込みながらエレインが試験開始を告げる。


「は、はい――エイム。機体安定……」


【誤差修正、疑似ロックオン。いつでも行けます遊佐ユサ


「――トリガー」


 皆がモニターで見守る中、遊佐ユサが緊張した面持ちで操縦桿の引き金を引く。

 同時にASF-X03フェイルノート電磁加速砲レールガンから――ガオォン――という恐竜の咆哮のような砲声と共に、蒼い閃光が空を裂いて飛んだ。


「どうだ?」


 射撃を行ったASF-X03フェイルノートのモニター映像から、皆の視線が標的側のモニター映像に流れる。


【弾着観測、誤差X軸9m、Y軸マイナス7m】


 電磁加速レールで打ち出されたプラズマ弾頭は、直径20mの的の中心から大きく逸れ、縁の当たりを辛うじて打ち抜いていた。



【――無誘導プラズマ翼式弾体は初速の97%を維持したまま飛翔、標的命中後、556km地点で具現領域マクスウェルを維持できず拡散しました】


「結構ズレた……? 社長ごめん」


「大丈夫だ。的には当たってるぞ遊佐ユサちゃん。次行ってみよう」


 九朗クロウの指示の元、続けて第二射が発射された。


                *


 電磁加速砲レールガンの試射は、距離や状況、弾頭や出力を変えて続いている。

 月臣ツキオミ、そしてニール博士と海里カイリは、その様子を資料と観測数値を見比べつつ、見守っていた。


「500kmともなると、トリスの演算でも、どうしても誤差が出ますね」


 モニターの観測値を睨みながら、月臣ツキオミは自分の調律が甘かったことを後悔していた。


「主流がA.S.F.に移ってから、弾道学や航空力学は随分と廃れてしまったから、情報の絶対量が足りないのだろう。月臣ツキオミ君のせいではないよ」


「用途は限られますが、対地目標用途なら十分な精度ですね。この精度であれば……例えば200km地点で、大型の飛行目標に命中させることも可能なようですし」


 支援火器として、どうにか『電子戦闘空域』に投入できそうな200km地点の試射のデータを見ながら、海里カイリが言うが、


「そもそもA.S.F.には効果ないですよねコレ。無誘導だからフレア・アレイは効果が無いけど、狙撃とは言え、バリア・アレイやシールド・アレイを一撃で抜ける威力はないわけだし……」


 と現役パイロットのケイがバッサリと切って捨てた。正直なところ、海里カイリも余り効果的な運用ができるとは思っていないようだ。


 現在の『電子戦闘空域スカーミッシュ』では、A.S.F.の攻撃対象は同じA.S.F.に限られる。

 しかし誘導が効かず、弾道演算の関係上連射にも不向き、更には電磁加速砲レールガン自体が近接格闘を主とするA.S.F.にはデッドウェイトと、良いところがない。

 かと言って対テロ用途など、対地攻撃や対人攻撃にしても、A.S.F.の通常の演算兵装で事足りる為、驚異的な超長距離射程も、実のところさほど魅力ではなかった。


「まあ、普通であればこれ以上の精度は必要ないだろうけども……ね――それで月臣ツキオミ君、今回のデータを元に、トリスを再調律してもらえないだろうか? 出来れば、500km地点での誤差を1m以下に絞りたいのだが……」


「誤差1m以下ですか!? いえ、研究目標としては構いませんけども……」


 電算調律師としては、粒子センサネットワーク分野の第一人者である、ニール博士に当てにしてもらえるのは、うれしい話である、のだが。


「――ええっと」


 月臣ツキオミの視線は自然と、出資者である海里カイリに流れる。


「ハハ。海里カイリ君には不評なようだからね。タダ働きになるかもしれないのは、覚悟してもらわないといけないか」


宗像ムナカタ君の研究費ぐらいなら、どうとでも計上できますけども」


 いつものように笑うニール博士に、海里カイリは困ったような顔で答えた。


「お、なに? 月臣ツキオミ、ウチに入社する気になったの? いやー、今時、腕のいい電算調律師なんて、アンサラー並に貴重だからな。さすが海里カイリさんだな」


 そんな話に喰いついてきたのは九朗クロウだ。


「んな話はしてねーよ」


 と、月臣ツキオミは否定したが、


「私としても、宗像ムナカタ君がスレイプニル社に合流してくれるなら有難いわ」


「おいおい海里カイリ君、彼はウチの研究室の人間だよ。僕の許可を取ってくれないと」


 九朗クロウのそれは傍迷惑な話だが、自己評価以上に期待されているようで悪い気はしない。

 月臣ツキオミが若くして電算調律師をやっているのは、ニール博士の研究室に入れたからで、通常の研究者が軍事機密のA.S.F.関連技術に触れられる機会は極めて少ない。


「俺はまだ、博士の研究室を出るつもりはありませんよ……」


 ニール博士に学ぶことは、まだまだたくさんある。ケイのように大学を出て、スレイプニル社に入るつもりはなかった。


「以上で、電磁加速砲レールガンの試射は終了となります。けど……」


 滞りなくプログラムを終了したエレインが、本題からやや逸れた話題で盛り上がる一同を見て、呆れ顔で言う。


「もーッ! 僕の初仕事なのに、お父さんも月ニイも、ちゃんと見てなかったでしょ!」


 モニターの向こうでは、緊張の初業務を終えた遊佐ユサが、膨れっ面でこちらを睨んでいたのであった。

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