月臣とケイ
星歴2102年4月。
「アルテミス計画?」
休憩所の脇に設置された自動販売機が――ガコンッ――と鳴って、取り出し口に缶コーヒーが落ちた。白衣姿の
フェザントでは珍しい髪の色をした彼女は、
現在の
「そ。
ケイが受け取った缶コーヒーをコロコロと手のひらで転がしながら、休憩室の窓の外を見ると、申し訳程度に植えられた桜が花を咲かせていた。
「言われてみれば、粒子センサネットワークってそろそろ二十年来るのか……俺たちが生れた年に、最初の精製炉が作られたんだっけ」
ケイの父、ニール・神耶は粒子センサネットワークシステムの設計者の一人だ。
世界的には粒子センサネットワークとA.S.F.の
悪いことに結婚の数年後、ケイの継母に当たる
「私たちが生れてもう二十数年……父さんは、そろそろお前たちに新しい贈り物が必要だと言っていたわ」
そう言ってケイははにかんだ。
世間の憶測はどうあれ母も継母も亡くし、腹違いの妹がいるにしては、ケイの家は
「アルテミス計画ねぇ……俺が博士から何も聞いてないってことは、軍事機密かなんかなんだろう? 新式の
「
カドクラの総裁、
彼女はスレイプニル社をカドクラに取り込んだ張本人で、後見人でもある。
門倉家の影響力が及びにくい海里の私的な研究機関。大雑把に評せば、元ベンチャー企業のスレイプニル社の現在の立場はそんなところだろう。
「……スレイプニルは
事実、
神耶研究室でも、電算調律の実力はニール博士に次ぐと自負している。
「社長もそうだけどさ、君たちはすぐそういう考え方するよね。政治とかさ」
ケイが少しウンザリした顔で言った。
世界的に慢性化していたエネルギー問題と経済摩擦に起因する、国家の枠を超える経済圏グループの形成。
その中で
世界的に緊張が高まる中、実行された粒子センサネットワーク・システムのβテストは、全世界規模で電磁波による電子機器障害が発生する事故に見舞われる。
その事故を、
それを止めたのが、ミサイル攻撃基地を
A.S.F.の圧倒的性能を目の当たりにした企業連は、その既得損益をより強固なものにするために、経済圏グループの主導権に近い位置に食い込み、複合産業体という体裁で国家に比肩する権力を得る。
特に核戦争未遂の要因であり、次世代の
そして、それを兵器として運用するA.S.F.関連の有力な企業や研究者、技術者はどの組織に身を置くか、一様に選択を迫られたのだった。
その内の一つが、
「こんなご時世だし、研究一つするにしてもなかなかね……俺はニール博士のお陰で結構好きにやらせて貰ってるけど、運がいい方なんだろうな」
「そんな他人事みたいに」
「俺や
そう言う
「
浮かない顔で缶コーヒーをお手玉にしながら、ケイは言った。
自嘲ではなく、彼女は昔からカドクラから距離を置いている学者肌の
「そういえばケイは、なんで大学に残らなかったんだ?」
ケイはフェザントの中でも、数人しかいない『
それ故、
「あー。その話は、まあ……いろいろと。はい次」
ケイは素っ気なさを装って言葉を濁す。話したくない話題はいつもこんな調子だ。もう少し可愛げの一つもあれば、と
ニール博士に対してと同様、思慮深い彼女への高い尊敬と、そして少しばかりの自信の無さが今一歩踏み込めない理由だ。
聡い彼女に踏み込みすぎる事によって、心地よい距離感を壊したくないと言うもっと情けない理由もあった。
「そうか。無理には聞かない。ちょっと気になっただけだ」
空になった缶コーヒーを、ゴミ箱に投げ入れる。
その隣に、ケイが居ることを当たり前だと思っていた
「研究室が懐かしくなったら、いつでも大学に戻って来いよ。お前なら、研究室のみんなも大歓迎――」
そこまで言ったところで、空を切って飛んでくる、封の空いていない缶コーヒーを危ないところで受け止めた。
「今年から
話は終わりとばかりに、不満そうに溜息を吐いて立ち上がる。
「――それに口説きに来るなら、せめてあたしの好みぐらい思い出してから来なさいな。コーヒーは嫌いだっつってんでしょ」
「これは……何かマズったか……?」
投げ返された缶コーヒーを開けて、一口。
甘い。
気を効かせてカフェオレにしたつもりだったのだが、どうやらそういう問題ではないらしい。
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