#29
「シルビア」
その魔女は、ふわりと笑顔をこぼした。
少しの間この森で二人で過ごした日々を思い出した。遠くからこの微笑みを見守るだけで、安らぎを感じた。彼女を想う気持ちに気づくのに、時間はかからなかった。
「私の名前、シルビアよ。本当の名前」
「シルビア……」
どうして同じ世界で生きることは赦されなかったのか。
人も魔女も、同じ時代に生きながら、ふたつは分かち合うことができないのか。お互いを認め合うことができずに、すれ違った。そしてこれからも……。
「ごめんなさい……」
触れ合うだけの淡白な唇。最後に触れた彼女の白い肌は冷たくなっていた。
戸惑う僕の手に彼女の手を重ねて、彼女――シルビアは僕に籠いっぱいに入ったものを託した。一瞬まばたきをすると、その娘の瞳は濡れていた。
「さようなら」
囁くようなその声に、どうしようもなく愛おしさを感じる。けれど、結局彼女を止めることはできなかった。
何を言っても、もう魔女の耳には届かないだろう。そしてこの手を離したら、彼女に会うことも望めなくなるだろう。
この手に残されたのは、最期に触れた彼女のぬくもりと、悲しみのすべての因果である赤い実だけだ。こんなもののために、多くの者が狂わされた。彼女さえ……。
そして僕も……一人の魔女の存在に、これまでの生き方を否定された。答えを見つけられないまま、ここにはもう彼女の姿はない。行き場のない感情が、白い雪に溶けていくことはなく、足元に積もるだけだった。
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