#24


 シルビアが魔女としてこの世に生を受けたときから、メロとは一緒だった。


 魔女にとってひとつの名を授かることは、誕生を意味する。

 すべての魔女が生まれてくる場所がある。この魔界で最も魔力が集中するその場所を、彼女達は【魔力の泉】と呼んだ。


 魔力の泉で、二人はほぼ同じタイミングでそれぞれ名を授かった。シルビアは、メロより少し遅れてその名を授かった。初めて目を醒ましたときに、シルビアの世界に最初に映ったのがメロだった。



 ——わたしは、メロ。あなたは、シルビア。素敵なお名前だね。




 メロとは、生まれてから何十年という時間をともに過ごしてきた。それは人の一生分の人生に相応する時間だ。

 魔女は、生まれて間もない頃に人間界でいう学校へ連れて来られる。そこは生まれて間もない未熟な魔女を養成する施設だ。シルビアとメロも、生まれてすぐに施設に入れられた。

 魔女の養成施設で穏やかに過ごす傍ら、シルビアはやがて誰よりも圧倒的な頭角を見せるようになった。熟練の魔女さえ凌ぐシルビアの実力は、周囲から恐れられるほどだ。

 一方では、魔女として致命的に魔力が弱いメロは落ちこぼれとして扱われた。日常的に他の魔女からはからかわれていた。その度にシルビアがいじめっ子返り討ちにしていたが、シルビアは問題児だと難癖をつけられるようになった。メロはいつも自分のせいだと言って、シルビアにこれ以上庇うのをやめてほしかったが、そんなこと彼女は気にしなかった。

 シルビアはただ、メロの笑顔が好きだったから。生まれてからずっと一緒にいる大好きな存在。それを守りたかっただけだ。

 それに実力主義のこの施設では落ちこぼれと言われるかもしれないが、メロは他の魔女では及ばない優秀な頭脳の持ち主だった。その頭を活かして、彼女は薬学を学んだ。

 薬学で扱う調合術は、メロのような魔力が乏しい魔女でも僅かな魔力で扱うことができる。優秀なメロはその分野で功績を残した。そしてシルビアにいつかこんな話をした。



 ——シルビア。あなたほどの魔女なら、きっとこの世界を変えることもできると思うの。


 ——あなたがやりたいことを叶えるには、ここは小さすぎるのかもしれない。私にはできないけれど、ここに残ってもっと薬を研究してみるわ。魔女も人も、いつかは死んでしまうけれど、悲しい死がなくなるように……。




 シルビアが施設を出るときも、あの娘の話してくれたことはこの胸にずっと残っていた。

 小さなこの施設にいるより、もっと大きな世界を見てみたいシルビアの背中を押したのもあの娘だった。外の広い世界を見てきても、シルビアが帰ってくる場所は、いつも彼女のもとだった。


 小さな施設の小さな研究室で、地道に育ててきた赤い実を見つめるその笑顔は、どんなに広い世界を見てきた中でもシルビアの一番の居場所だった。




 何もない幸せが続くことを、これからも信じていた。疑いすらしていなかった。保障などされていないというのに。その時間がある日突然崩れることを、想定すらしていなかった。







「メロは、死んだ。——殺されたんだ。愚かな魔女に」



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