#22


「止めてくれる人もいなくなってしまった。馬鹿なことをしたのはわかっているつもりだ。それでも……あの娘がいない世界なんて、耐え難られなかった」


 彼女はどこか遠い目をして、自身がこれまで見てきた光景をその目に思い浮かべている。喪失感を味わいながら、魔女は投げやりな言葉を呟いた。

 ただひとつ、彼女が口にした「あの娘」について、それが動機だと思われる。「あの娘」とは、彼女にとってどのような存在だったのか。


「……君が自ら重い罪を犯したのは、その娘のためだと?」


 それを訊けば、コクリと素直に頷く。先程とは打って変わり、覇気のない表情で。

 「あの娘」は、それこそ彼女の中で大部分を占めるような人物だったのだろう。


 心なしか濡れているように見える彼女の睫毛。

 ゆっくりと瞬きを何度か繰り返して、おもむろに彼女は言った。



「そうよ。生まれてからずっと一緒にいた、たった一人の家族で幼馴染み。メロは、魔女としては落ちこぼれのレッテルを貼られてしまうほどに、心の優しい娘だった」



 その娘はメロという、彼女の唯一の幼馴染み。

 その口調からは、メロという娘がどれほど彼女から信頼され愛されていたかが、僕にさえ推し量れた。そして目の前にいる魔女が、悲しみに打ちひしがれている内情も……。




「他の魔女に虐められても、私だけは彼女の理解者だった。魔術の扱いは苦手だったけれど、頭のキレる彼女は魔力を薬学に応用した調合術に非常に長けていた。いつも自分の研究室に閉じ籠って、誰も作ったことがない薬を完成させて多くの魔女や人を救いたい。そんなことを言う娘だった」



 しんしんと舞い降りる白雪の中で、深い悲しみに溺れる魔女の表情。

 その光景は、これまで人々が信じて疑わなかった魔女のイメージを覆すものだった。

 誰もが魔女を恐れて近づこうとはしなかった。人類が誰も目撃したことがない景色を、目の当たりにしている。


 魔女とはどんなに恐ろしい生き物かと思っていたが、ひとつだけ言えることがあるならば、魔女の落とした涙は海の宝石のようにそれは美しいものだった。

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