第五幕 魔女の贖罪

#18


 約400年前の世界を恐怖の底に陥れたアヴィスの魔女。


 魔女が何故暴挙に出たのか、すべての真相を知る者は未だ現れない。

 闇の中に眠る事実は、新しい時代に生きる人々の意識からは置いていかれ、やがて静かな闇へと葬られた——。







 人里離れた森の奥地。

 遠くから聞こえてくる足音はひとつ。誰のものかは大方見当がついている。

 ようやく摘み終えたばかりの赤い実を持って、早くここから立ち去るべきなのに、もう一度だけ、一目だけでも会いたいと、この胸が我儘を言う。




「……やっぱりここにいたんだ」



 その声を聞けるだけで、心が踊った。


 この国の一層厳しくなる寒さに耐えるために、いつも身につけているチャコールグレーのトレンチコート。他の男とは違う白い肌に、ブロンズより色素の薄い髪。その人の冷酷な内面を体現したような切れ長の瞳。


 その人の冷たい印象の目が、今や本当の自分の姿を映している。今度こそ、噓偽りのない自分の姿を。



「マリア。君はやはり……」



 お腹を空かせていた孤児達を庇って、あなたの前に出て行ったとき、一番怖そうなのに案外優しい人なんだってびっくりした。

 あの時とまったく同じ冷たい目をしているけれど、今のあなたにはどう映っている?



 この日には珍しく澄んだ空気が、あなたが吐く白い息を灰色の曇り空に映し出す。





「魔女なんだね」


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