#17


 あの悪夢のような夜から数日が過ぎた。

 オーディは以前と変わらず、丘の教会の神父として市民の声に耳を傾けていた。


 すると以前より魔女の名前を聞くことが増えていった。その頃は19世紀に入って、初めての魔女による死亡事件が起きたばかりだった。

 オーディは表面上では笑顔で彼らの意見を受け止め、キリストの言葉を慰めにかけたが、内心はあの夜のことを誰にも打ち明けられず怯えていた。


 教会の神父という自身の立場が、彼を追い詰めていた。だがしかし、もし自分が教会の者でなければ、真っ先に魔女に殺されていたのは自分かもしれない……。



 右腕に白い包帯を巻いていると、教会にやって来る多くの人々に心配された。教会の神父が魔女に襲われたなどとは言えず、適当に誤魔化した。



「神父様、そのお怪我……」


「おお、マリア。何、心配いらん。ちょっとドジを踏んだだけだ」



 マリアにも怪我のことを訊かれた。

 いつものようにオーディ神父として答えたが、おかしなところはなかっただろうか。





 ――偶然だろうか?


 彼女が近くの森で倒れていたのと、魔女が地上で活動を始めた時期。話を聞こうとすれば、記憶がないと言う。話したくないことがあるのか?

 それに最近は、自分から買い出しに行きたがるようになった。帰りも少し遅い。アルフレドも一緒だと言うので心配することではないはずだが、胸騒ぎが収まらない。何かを隠されている気がする。



 マリアを疑うほど、怪しく思えてくる。

 神父として、身内を疑うなどあってはならないことだ。しかし……。



「神父様」




 もし、彼女が……アヴィスの魔女ならば……




「少し休んでください。怪我が治ったばかりなのですから」




 愛娘のように育てたこの娘を……




「ハーブティーです。お口に合えばいいのですが……」





 裁くことなど自分にできるのか――?



 ひと月が経過し、彼がこの日の職務を終えて執務室の書斎でひと息入れたところだった。ノックをしてハーブティーを持って来てくれたというマリアを部屋に招く。

 ハーブティーというそれは、透明のティーポットの容器に赤い実を浮かべて入れられていた。見たことがない色味をしていた。

 ティーカップに注がれるそれを見つめながら、マリアのことや、これまでの出来事を振り返る。とても心優しい娘だ。彼の目にはそう映っていた。

 しかし、彼が見ていたものは、断片に過ぎないのかもしれない。



「どうぞ」


 ほんのり赤みのあるそのハーブティーを、しばらく覗き込む。彼女がもし魔女ならば、毒があるかもしれない。人間が住むこの下界を征服するために、機会を見てここで自分を殺すかもしれない。

 アヴィスの魔女ならば、自分の力では及ばないだろう。古い友人には、まだ相談できていない。



「神父様……?」


「……アヴィス」



 我慢できず、口にした。

 彼女の反応は、それを聞いて俄かに動揺している。何かを隠している、それは明白だ。



「マリア。正直に話してくれ。お前は、アヴィスの魔女なのか?」


 逃げるより、彼は向き合おうとした。

 短い時間をこの教会で過ごして、お互い家族のように信頼し合った。その日々のすべてを、彼は嘘だとは思いたくない。


 黙り込んだマリアの方に身体を向き合わせ、彼女の肩を揺する。必死に彼女の硬い殻を破ろうとしたのだ。




「どんな事情があろうが、俺がお前を守ってやる。たとえお前が人を殺した魔女だとしても……俺は……本当のことを言ってくれ! マリア!」




 彼の熱意に負け、マリアは口を開いてくれた。


 ティーポットに浮かんだ赤い実に目を配る。そしてマリアは、ひとつ涙をこぼした――。


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