#16
いつものように外回りを済ませ、教会から少し離れたところにある森から引き返そうとしていた。そこに突然風がガサガサと樹々を揺らし、何者かの気配が彼の背後を取った。そしてその気配はオーディの右腕の骨が砕けるほど、人力とは思えぬほどの馬鹿力で彼を地面に抑えつけた。
「何処ダ……アヴィ、ス……」
――魔女だ。間違いない。
それは魔女だった。
カタコトの言葉で、その魔女は彼に何かを問いかけた。不気味な黒服に全身を包み、血眼の目を見開いてこちらを見る。彼もこの目で魔女を見るのは初めてだった。
話に聞くより恐ろしい。彼の意識はすぐに恐怖で支配された。彼よりもずっと小柄な身体でありながら、格闘家志望であった彼の剛腕をいとも容易くへし折るのだ。
そしてその魔女は、彼の耳元で何度もこう言った。アヴィスの――。
アヴィス、アヴィス……その単語は、彼も何度か耳にしたことがある。
「ア゛ヴィス……ノ臭い……何、処ダ……」
その名は、かつて英国中を恐怖に貶めた、史上最悪の魔女の名前。口にするのも恐ろしいと、国内で未だ恐れる者も多い。
しかし、何故だ。何故今になって、アヴィスの魔女を魔女が探しているんだ?
「………………ヴィ、ア゛…………何故……………………裏切ッタ…………」
オーディには、その魔女の言葉が悲壮に聞こえた。
————裏切った? 誰が? アヴィスの魔女が?
しかし考えるよりも、先に背後にいる魔女をどうにかしなければと焦った。既に腕が一本折られている。このままでは殺られる……!
無我夢中でもう一本ある腕を伸ばし、神父服の懐からカトリックの十字架を取り出した。聖書の文面を懸命に思い出し、魔女の顔面に押し付ける。効き目はあった。
魔女は奇声を上げながら仰け反り、身体から湯気のようなものを出していつしか消えた。
辺りが静まってしばらくは、彼はその場から動けずにいた。先程まで見ていたのは現実だったのか、恐ろしい魔女の顔が彼の脳に焼き付いている。
どうして魔女が……混乱する頭で必死に考えた。アヴィス、魔女、臭い。
あの魔女が唱えていた言葉を並べて、骨の痛みに悶えるのも後にしてオーディは考えていた。
そして引っかかる。臭い? その臭いのせいで自分は襲われたのか?
そしてその臭いは、恐らくは彼女達が探しているもの……アヴィスの魔女?
並みの魔女は、教会の力を恐れて近づくことはできない。先程の十字架のように浄化されてしまう。
だが、アヴィスの魔女ほどの力のある魔女なら? 絶大な魔力に、教会の力は及ばないのかもしれない。
するとどうだ……教会の内部に、アヴィスの魔女が潜んでいる……?
絞り出したひとつの絶望的な答えに、オーディは九死に一生を得た身体が再び凍りついた。
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