#15
————オーディ。何故君は彼女を、この教会のシスターに迎え入れたんだ?
彼から突然そんなことを訊かれた。
スコットランドヤードの警察官でもある古い友人だ。あれで実はいい奴だということは、長い付き合いだから知っている。そんな彼に隠し事をするのは、心苦しかった。
今日の昼間の出来事を振り返りながら、オーディはいつものように異常がないか、教会の周辺を巡回していた。燈籠を焚いて、毎晩こうして一人で暗い教会を一周する。
この頃は魔女の騒ぎで、ミサに来る市民も酷く怯えている。今日のミサは魔女の話が尽きなかった。ミサはキリストに祈りを捧げる儀式だ。それが魔女への不安の声で台無しにされるのは悲しいことだった。
オーディには悩ましいことだが、民衆が魔女に怯えるのは仕方がないことだった。ここはかつて数多の魔女を処刑したいわくつきの教会だが、警備は慎重にしておいた方がいい。
教会の内部を一周し、特に異常は見られなかった。今は眠るように静かな聖堂を出て、教会の外に出ることにした。教会の外は樹々が多く、いくつかの小さな森に分かれていた。
外に出れば、雲に遮られがちな三日月が顔を出していた。
確か、この近くの森でマリアを見つけた時も、こんな静かな夜のことだった。
僅かな月明かりのもとで、真っ黒な服装にボロボロの身体でこの森の中に倒れていた記憶喪失の女性。白い肌の所々には火傷の痕などがあった。
教会の神父として多くの市民とかかわりのある彼だが、見たことがない顔だった。森で意識がない彼女が倒れていたこと以外、彼女のものらしき荷物はまったく落ちていない。何も持たず丸腰で、この女性はどこからこの丘にある教会までやって来たのだろうか。
深手を負っていたので、とにかく安静になれるよう彼女を教会の中にある医務室まで運んだ。そこなら簡易寝台も置いてある。
森で拾ってから二日目の朝に目を覚ました彼女は、記憶がないと言った。どこから来たのか、どうして怪我をしていたのか、自分は誰なのか、何も憶えていなかった。
何も憶えていないという彼女を、どうするべきかオーディは頭を抱えた。知り合いに頭のキレる警察官がいるから、彼に相談してみようか。彼女に今後どうしたいかと意向を尋ねると、ここでしばらく置いてほしいと言った。せめて記憶が戻るまでここにいさせてほしいと。
何を根拠に記憶が戻るというのか彼にはさっぱりわからないが、本人がそうしたいというならしばらく教会に身を置いてもらうことにした。しばらく様子を見て、行き詰まればまた友人の手を借りよう。
はじめは教会の仕事を少し手伝ってもらうくらいだったが、彼女は人と打ち解けあうのが非常に上手だった。悩みを抱えて教会を訪れる人々に助言し、行き場のない孤児達の面倒をよく見てくれた。その姿を見て彼は、マリアという聖母の名を授けた。
マリアが教会の生活に馴染んできた頃、街で魔女が出たと騒がれるようになった。
魔女は実在していたが、400年に渡り大量処刑されてきた歴史背景から、それ以降迂闊に人間界に近づく魔女はいないはずだった。見間違いだろうという意見が多くあり、彼も当初はあまり気にかけていなかった。
あの夜までは……。
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