#14


 埃っぽい地下の研究室には、相変わらず自分以外に遊びに来る客はいないようだ。いつもここに引き籠って研究に没頭している彼自身もさほど気にしていない。たまに来る客のことくらいは気にかけてほしいものだ。

 時間を作ってやって来た客人に茶の一杯を出す素振りもない。気の利かない研究員に呆れるが、時間がないのでさっさと話を進めることにした。集中しているところに突然話しかけてやる。

 剽軽な声を出して、ようやくロイスがこっちを見た。徹夜なのか髪はボサボサで目の下に隈ができている。そしてあまりに驚いたのか、眼鏡がずれている情けない顔をしていた。身支度さえ整えれば、ローマ系の色男だというのに。本人のそんな気がないようだから余計なお節介はやめておく。


「ああ。わりぃ。没頭してるとつい、な。お前から預かっていたアレの鑑定結果が出たところだ」


 僕を見て、寝起きのような頭を掻きながら言った。その集中力はまったく素晴らしいものだな。皮肉を言ってやろうとも思ったが、時間が無駄なので省いた。



「それで、どうだった?」


「お前が言ってた通りだったよ。成分まで抽出してスコットランドヤードご自慢のマシンにかけて解析したってのに、機械の故障かと疑ったぜ。どこで拾ってきたんだよ」


 あくまで可能性という前提条件をこの男には言っていたが、結果を受けてあまり喜ばしいものではなかった。これである人物への疑惑が濃厚になった。

 この件をさっさと片付けたい僕にとって、ようやく得た物証だというのに。何故かあまり気分が晴れない。疲れているのだろうか。ここ最近は魔女の事件の他にも面倒なことが多い。娼婦ばかりを襲う殺人鬼の件まで立て込んでいて参っている。


 疲労の色が見えてしまったのか、証拠の物を手にしたまま押し黙る僕を不審に思ったロイスが確認する。


「これでいいのか?」


「ああ。脅すネタには十分だよ」


 僕としては、いつものように答えたつもりだ。自分の勘が当たって、満足しているはずだ。

 しかし彼の顔はあまり納得してはいない。眼鏡越しに彼がそう語る。僕の中で相反する感情をどう扱えばいいのかまだ見当がつかず、彼の探るような視線を見ないようにした。



「今回の魔女の件と繋がってるとは思えんが……」


「……僕もそれを願うばかりだよ」


 この事件の一部に絡んでくる重要参考人が判明しても、すべての謎が暴かれたわけではない。

 まだ暴かれていないことは、例の本人に直接聞くことにしよう。



 何故アヴィスの魔女の呪いが復活したのか—―――。





「これは余談なんだが、力のある魔女はその中でも特別美しい容姿をしているそうだ。あのアヴィスの魔女も、その非道さとは裏腹に他を圧倒するほどの美しさだったと。どうやら魔女には、人間を魅了する不思議な力がある」


 ロイスが突然、そんな話を切り出した。

 脈絡のないことを彼が言うなんて、変な感じだ。マシな冗談も言えない男なのだろう。



「アルフレド。お前は魔女に呑み込まれるなよ」


 忠告のつもりかい? 彼らしくもない世話の焼き方に、思わず笑ってしまった。




 魔女に心を奪われたなんて、お伽噺みたいな話だ。

 そう、まるでお伽噺のようだ。この世にはまだまだわからないことが山ほどある。

 二度目の悲劇が起きたのは、知るべきだったアヴィスの魔女の真実を、人類は闇に葬ってしまったからだ。



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