#13
マリアとしてここにいる以前の記憶が彼女にはない。
ひと月前にここで話を聞いた時は、彼女は生前の記憶がないままここの神父に拾われた。それ以外の情報は特に聞かされていなかった。この男にも。
彼がお人好しなのは昔からだ。行き場をなくした奴がいれば教会で世話を見てやる。孤児だろうが乞食だろうが、それが前科者だろうが。教会はそいつらに手を尽くして、そして社会で生きられるようにしてやる。
そしてマリアにも、これまでと同じように援助してやると思われた。
彼女をこれまでの奴らと同様に扱わず、態々教会にとどめておく意味とは? それがなんだか引っかかった。
「なんだ。たいしたことではない。マリアの人の好さや優しさは、この教会のシスターに相応しいと思ったからだ」
「それはつまり、彼女の人の好さに付け入ったってことかな?」
「お前警察官のくせにほんと口が悪いな」
僕の口が悪いのは昔からだ。警察官になったからといって、どうして変える必要がある?
この男は昔から僕の口の悪さなど知っているはずなのに、こうして改めて落胆しているようだった。別にいいけど。
「だが、実際にマリアが教会に来てくれてからミサはより活気づいてるし、子供達の相手を任せられるから助かっているよ」
「君も大概だな。だからマリアを他の男に取られるのが寂しいのか」
「それがマリアの幸せになるなら俺は構わん。だがお前はダメだ」
「嫉妬深い男だな。そんなに嫌なら片時も目を離さず彼女を見ていることだね」
「マリアもこんな顔だけの男の何がいいのか」
彼女の親でもないのにそこまで頭を悩ませることか。
日に日にこいつの親バカが悪化しているのは深刻な事態だ。キリストに愚痴を聞いてもらうといい。僕は御免だ。
彼は僕のことをよく悪いように言うが、女子供には紳士だ。そんなこと言ってもこの男は信じないだろうし別に信じてもらわずともいい。項垂れる彼を置いて、僕は静かに教会を出た。
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