第四幕 魔性
#12
ひと月が経ち、またあの丘の教会を訪ねた。
キリストの生誕日も近い日曜のこの日は、ミサを終えた人々でいつもより賑わいを見せている。キリストの十字架に群がる群衆を傍目に、腐れ縁のここの神父を屋内の人目のつかないところまで連れ出した。
大勢の人々に聖書を説いた後だというのに疲労の色をひとつも見せないバケモノじみた彼に、徹夜でボロボロの身体は気後れしていた。今彼を殴ったところで、僕の方が消耗しそうだ。
彼とは月に何度か教会で会って、他愛ない話をする。彼の方は古い付き合いと思っているかもしれないが、彼の役職を考えれば市民の声や国の情勢を探るには打ってつけの場だ。神父とある程度の顔見知りであれば、あまり不審がられはしない。
「今日のミサは特に問題なさそうだね」
「いつも通りだ。しかしお前も忙しかろうに毎週のこの日に必ずやって来て、お前にしてはやたらと熱心だな」
彼が言う通り、週に会う回数は増していた。
魔女騒動以降、市民の不安は大きくなる一方で、魔女対策は難航している。今月に入って魔女が市民を襲ったことで、事態はより深刻さを増していた。中には警察への不信感を募らせる輩まで出ている。まったくお手上げだ。
「今度のミサはお前が祭壇に立ってみるか?」
「大昔に処刑された奴に命乞いするなんて死んでも御免だよ」
「馬鹿な。キリストは偉大な指導者だぞ。人々が悩める時に神のお言葉をくださる立派なお方だというのに、お前という奴は薄情な」
じゃあその偉大なキリスト様に、この国で起こる魔女騒動をどうにかしてもらいたいくらいだよ。やっぱり神は使い物にならない。
しかしこの国では、僕のような現実主義者の方が物珍しい目で見られてしまう。生きにくい世の中だ。産業は飛躍的に発展してあらゆる技術が生まれ、魔物の仕業だと思われたことが科学的に立証されてきたというのに、この国の人々は何も変わらない。
古い習慣や価値観に囚われ続けては、この国は遠くない将来生き残ることはできないのかもしれないな。
僕の白けた態度を見てそれが少し気に障ったらしいその神父は、むくれた顔でこの場にはいない彼女のことを突然話題にして僕に指摘した。
「アルフレド。うちのマリアをあまり連れまわしてくれるなよ。外は例の魔女騒動で過激派が暴動を起こしているというし、落ち着くまではここにいてくれた方がずっと安全だ」
彼女は外に出る度に、僕が彼女を連れまわしているとこの神父に誤解されかねない言い方をしているのか。見事なまでの誤解だ。
むしろその神父の言い分には賛同したいのだが、彼女と約束した以上は破るわけにもいかない。この親バカ面する男にあの場所は内緒だと、彼女に念を押された。紳士としては、女性を悲しませることはできないしね。
代わりに僕からは彼にこう返事を返してやる。
「そういえば今日は見ていないね。裏で雑用かい?」
「マリアは子供達の相手をしてくれている。変な言い方をするな」
「それはこちらの台詞だよ」
そう言い返したら、この男がさらに顔を近づけてきた。神父ならもっと口臭に気を遣った方がいい。
「マリアを気にかけてくれるのは構わんが、お前最近距離が近すぎるぞ。言っておくが教会ではそういう関係は認められんからな」
「君の方から頼んできたくせに勝手だね。でもまあいいよ。僕も魔女のご機嫌取りに忙しいから」
これ以上ご機嫌斜めの神父の相手をしても有益な情報は出ないようだ。今日のところは帰ることにする。
帰る前にふと聖堂の前方にある祭壇の前で、聖書の解説や募金活動に勤しむ教会の遣いの奴らを見て、また神父に顔を向けた。
「オーディ。何故君は彼女を、この教会のシスターに迎え入れたんだ?」
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