#11


 週に一度、マリアに付き合って市外にある人気の寄り付かない森の奥で、彼女の木の実の栽培を見守ることにした。


 毎週ここに来て例の実の世話に勤しむ彼女の横顔は、それは真剣だった。

 そんな彼女のことをそばで見ている時間は、別に嫌いじゃなかった。




「見てください、アルフレド様。ようやくここまで大きくなりました」


「僕には前とそんなに変わらないように見えるけど」


「そんなことはありませんよ。ちゃんと実になっております」



 黒いベールを脱ぎ捨て、ブロンズの長い髪を振り乱してその実りを喜ぶ彼女の姿は、教会のシスターとは思えないおてんば娘だった。

 たかが木の実ひとつで、どうしてそこまで舞い上がることができるのか。僕には理解し難い。

 難航した事件で、ようやく標的の凶悪犯を捕まえたところで、得られるものなんて何もなかった。


 彼女がここまで丹精込めて育てたのなら、この赤い実もまた彼女のために甘い実を実らせるだろう。そうじゃないと僕のタダ働きの苦労も意味がなくなる。



「あ……」


 彼女の声に不意に顔を上げれば、彼女の背より少し高い木の枝に長い髪が絡まっている。足りない背丈を必死に伸ばしている姿に、溜息が漏れる。目を離せばこれだ。教会のシスターがこんなにどんくさければ、あの神父も過保護になるわけだ。


「貸して」


「えっ?」


「じっとして」



 暴れることはないと思うけど、彼女に釘を刺して、絡まる彼女の髪に手を伸ばす。

 最初は戸惑いながら彼女は僕を見ていたが、おとなしくしていてくれた。女性の長い髪の扱いなど知らなくて、彼女が痛がらないように枝から巻き取るのに少し時間がかかった。


 手を焼いて枝先から彼女の髪が解けると、不意に視線は下がる。目と鼻の先にマリアがこちらを見つめている。そのエメラルドの瞳に、グッと心が惹きつけられる。こんな想いに憑りつかれたことは、今までなかった。それは彼女も同じなのか、白い肌はほのかに赤みを帯びている。


 呑み込まれてはいけない。それはわかっていた。けれど彼女に触れているこの手を、自らの意思で放す真似はできない。



「……綺麗だね。君の瞳は。一目見たときから、どんな宝石よりも美しいと感じた」


「アルフレド様……」


 街外れにあるこの森を訪ねるような物好きな輩は、ここにはいない。

 しかし、教会の者の異性間交友は古くから固く禁じられる。

 たとえば、彼女と、この人知れぬ森で密かに口づけを交わすことも――。だけど、それも叶わなかった。彼女から身体を離したからだ。



「やはり、いけません。あなた様に、ご迷惑をおかけすることはできません」


 僕から視線を背け、身体を抱き寄せる彼女なりの優しさを孕んだその残酷な言葉を告げる。熱もサッと引いて、理性でマリアを見つめていた。自分が自分ではないような感覚に、戸惑いが起きる。


「それに神父様を裏切ることはできません。私は、教会のシスターですから」



 古い友人の顔が、頭に嫌でも浮かんだ。あとで殴っておこう。

 しかしそれが彼女の答えだ。むしゃくしゃした気を紛らわすために、目にとまった赤い実に話題を逸らした。



「前から気になってはいたけど、これは一体どこの品種だい。この地域ではあまり見かけないものだね」


 それのにおいを嗅げば、柑橘系の甘酸っぱい刺激が鼻腔を通る。彼女からもこれと同じ香りがした。以前から疑問に思っていたことだ。



「……街で偶然、種を売っていたんです。安く譲っていただけたので、あまり詳しいことは聞いておりませんが、少しでも神父様の助けになればと育て始めました。神父様が、いつも訪れる人々を幸せにするように……」



 よそよそしい態度で、マリアはそう言った。その目の奥にはいつも神父の彼が映っている。

 自分の気の迷いをこの期に悔いているのか。あんなちゃらんぽらんな神父に恩義があるからと、はりぼての十字架に身を捧げるだなんて馬鹿馬鹿しい。


 足元の草に落ちていた腐りかけの一粒を、躊躇わず踏み潰していた。



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