#7


 魔女による連日の襲撃事件は、英国新聞に度々掲載されるようになり、国民の不安を煽るようになった。

 スコットランドヤードでも本事件の情報は厳重に規制していたが、目撃情報や被害者の数が追いつかなくなっていた。本部や所轄には大勢の人々が押し寄せて対応に追われている。

 

 しかし未だ魔女を捕獲できていないのが現状だ。捕獲にかかろうとした警官も死傷している。幸いにもアヴィスの魔女の亡骸の居場所は、魔女側にリークされていない。

 一刻も早くあちらの情報を掴み対策を組むことが最優先だった。

 

 被害者が襲われた現場を回りながら、彼女達が再び地上で動きを見せた理由をしばらく考えていた。

 アヴィスの魔女の事件以前は、地上で人間を装い生活する魔女がいたという話がある。魔女は人間とは異なる生命体だが、それまでは対立するような存在ではなかった。こうだと断言できる魔女に関わる情報はまだまだ足りていない。

 彼女達は、はじめから地上を征服する目的でこの国に下界してきたのか。そしてアヴィスの魔女の暴動を皮切りに、実行に移そうとしたが、何らかの不測の事態で失敗に終わった……。

 

 考えてみたところで、確実なことはわからないままだ。やはり実際にこの目で魔女を見るしかない。つまりそれは、命懸けの捜査になる。

 

 

 一度街に出たところで、見覚えのある人の姿を見つけた。相手もそれは同じようだ。

 

 

「アルフレド様、ご無沙汰しております」

 

 やはり彼女だ。教会の関係者としてはあまり目立たないようにするためか、焦げ色のローブを目深に被っていた。フードの下には黒のベールを被っていないようで、ブロンズの長い髪がはみ出している。それでも彼女の大きなエメラルドの瞳は変わらず宝石のように輝いていた。

 

 

「君は……」

 

「マリアです。すみません、お仕事中に馴れ馴れしく話しかけてしまって」

 

「いや……問題はないが、それより教会のシスターが、こんなところで何をしているんだ」

 

 

 数日前に出会った頃のように、彼女は大きな籠を手に提げていた。あの男に頼まれた用事だろうか。彼女からはほのかに甘酸っぱい香りがする。

 案の定それが済んで帰るところだというので、教会まで送ることにした。彼女の耳に魔女のことが入っているかはわからないが、不安を煽ることは避けて触れないことにする。

 

 人気が静まる道を並んでしばらく歩いた。特に気まずいと思ったことはないが、彼女の方はそう感じていたようだ。

 教会で預かっている子供達のことや、教会での出来事を淡々と語り出した。僕の方はそれに相槌を打つ程度だったが、数ある話の中で街で手に入れたというベリーの実を彼女は特に嬉しそうに語った。ツンとした香りが鼻孔をくすぐった。

 嬉しそうに語る彼女の横顔は、さながら聖母マリアのように安らかな気持ちにさせる。連日の事件で神経を尖らせていた頭には少しばかり息抜きになったかもしれない。

 

 

 

「アルフレド様は、警察官でしたね。神父様から聞いたのですが、もしかして連日の魔女の事件を調べられていますか?」

 

 

 まさか、彼女の方からその話が出るとは思わなかった。しかしあれだけメディアで報じられては、隠し通せるはずもない。早いところ根回しをして情報規制をかけておくべきだった。

 

 

 

「とても悲しいことだと思います。魔女が何故この国を襲うのか、人々は毎日おびえて暮らしております」


 

 この悲惨な現状を嘆くシスターの声が、日々神に祈りを捧げているのに、この国は何も変わらない。

 アヴィスの魔女が国内を恐怖に陥れた時もそうだった。神はどこにもいないのかもしれないと、国民は絶望の淵で思ったのだという。

 


 

「君は、アヴィスの魔女を知ってるかい」

 

 

 災いの元凶である魔女の名。

 恐ろしい魔女の名前に、彼女は僅かな反応を示した。

 

 

「はい。大昔にこの国で多くの人々を虐殺した恐ろしい魔女の名前と……」

 

「英国内でも、アヴィスの魔女の惨劇が再来するんじゃないかと不安の声が挙がっている。アヴィスの魔女は確かに魔女裁判にかけられた。ロンドン警察の威信に懸けて、悲劇は防いでみせるよ。これ以上僕の国をいいようにはさせない」

 

 

 再びアヴィスの魔女が襲来するのなら、今度こそこの手で終わらせてやろう。魔女達にこの英国を渡してやるつもりはない。スコットランドヤードの威信に懸けて……。

 

 

 

 

「はい……そう言っていただけるなら、とても頼もしいです」

 

 

 

 教会の前まで送ると、彼女はお礼を言って扉を閉じた。ふわりと微笑んだ彼女の瞳に浮かんだ不安の色は消えていないようだった。

 

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