リフレクション

小余綾の肴

リフレクション

 彼女のフォークは上手くパスタを絡ませずにいた。サラダやスープにも手をつけずひたすらにクルクルとフォークを回している。机のスプーンは天井の安っぽいシャンデリアをすくっていた。街中で見かけるチェーン店の制服に身を包んだ店員は忙しそうにレジを打っている。窓ガラスにうつる彼女を見ていると、キンッと軽い金属音がした。彼女のフォークはソースを散らしながらテーブルの真ん中まで転がってきた。

「どうしたの?体調でも悪いの?」

彼女の目の下の隈は化粧で隠し切れていない。新しいフォークを取り出しながら彼女は話し始めた。

「パスタの代価にお金を払うわよね。じゃあ、幸福の代価は何と思う?女性同士で付き合うって色々大変だけど、私は幸せだわ、幸福よ。けど、最近悪夢を見るの。それが代価なんじゃないかって。夢の中に"もう一人の私"が現れて酷いことするの。それで、不眠症インソミニアになっちゃったのよ。例えば、あなたとプールにいった日は、溺死する夢を見るわ、あなたが。"もう一人の私"があなたを殺すのよ。私は"もう一人の私"をリフレクションって呼んでる。リフレクションは何回も何回もあなたを殺すの。それで、毎回リフレクションもさいごは死ぬの。朝起きるのが怖い。夜寝るのが怖い。自分が死ぬのはまだいいわ、けど、あなたが…」

彼女はちょとトイレ、と席を外した。ウェイトレスを呼んで彼女のために水を頼んだ。少しするとハンカチを口にあてて、涙目になった彼女が戻ってきた。お礼を言ってから水を飲むと彼女は話しを続けた。

「それでその、リフレクションのことだけど。もう、私は耐えられるないわ。一度、有名な精神科の先生に診てもらうことにしたの。だがら、それまで別々でいましょう。あなたは悪くないわ。でも、ごめんなさい……ねぇ、泣かないで、お願いよ。すぐにまた一緒に暮らせるわ」

代金は私が払うから、落ち着いたら家に帰ってきて、と言い残して彼女は先に店をでた。

 終電で家に帰ると彼女の部屋から呻き声が聞こえた。棚からウイスキーを出してから自室に向かう。ドアにはメッセージカードが貼ってあって、さっきはごめんなさい。私、きっと動揺してたんだわ。とあった。丁寧に剥がして胸ポケットに入れてから、部屋に入った。パジャマをビショビショにしながら部屋中に散らかっている睡眠薬をかき集める。それから、ウイスキーで一つずつゆっくり流し込んだ。

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リフレクション 小余綾の肴 @tmilk-v

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