第16話

「言いたいこと? 言いたことあるなら今言ってくれればいいのに」



「今は、言えないんです」



 何でそんなに寂しい顔をするんだ。

 こっちまで悲しくなってしまう。



「なぁ、前嶋」



「はい? なんですか?」



 これを聞いていいのか、ここで聞くべきなのか本当に分からないが、気になって仕方がない事だ。

 今この状況で聞いていいのか分からないが。




「あの時ファミレスで綾宮と何かあった?」



「⋯⋯」




 新入部員歓迎会でファミレスに行ったあの日、綾宮と前嶋の関係が悪くなったのだけは分かった。

 しかし、あの数十分の間できっと何かあったに違いない。

 そう聞いたが、前嶋は一向に口を開こうとはしない。



「前嶋、無理には聞こうとは思ってないんだが教えて欲しい」



「⋯⋯」




「話を急に変えたのは悪い。ただ、これからの部活での関係的に⋯⋯」



「⋯⋯ました」



「え?」



 前嶋はベンチに座り込み、俯きながら言った。





「綾宮先輩を脅迫しました」




 脅迫? それは何かの冗談だろう。

 きっと前嶋は面白半分で言っているに違いない。

 聞き間違えたのかと思ったが前嶋の表情は変わらなかった。




「⋯⋯脅迫って、どういうことだ?」




「どういうことって、そのまんまですよ先輩」




「綾宮に何したんだ?」




 木原は先程までの落ち着きをなくし、動揺を隠せない。

 前嶋の口から突然出た驚愕の言葉が頭から離れない。




「それを今聞きますか⋯⋯」



「何したんだよ」




 すると前嶋は立ち上がり、木原に背を向けた。




「何って、カッターナイフで綾宮先輩脅したんだよ」



「⋯⋯えっ」



 理解できない。

 こんなにも優しい子が、同じ部員を脅すだと?

 前嶋のその一言が全く分からない。

 しかし、カッターナイフと聞いて木原は何かを思い出した。




「前嶋、お前がカッターナイフをいつも磨いていたのをユウスケから聞いたんだ」



「⋯⋯え?」




 ユウスケから聞いた、前嶋のこと。

 カッターナイフを磨いていて、ユウスケが何で磨いているかを聞いた時に前嶋が言ったことを。

 それが脅・迫・道・具・だということを。




「それをいつも持ち歩いているって、脅迫道具なんだろ? それ」




「ちっ、ち、違うんです先輩!! これは、その⋯⋯」



「何が違うんだ?」



 前嶋の瞳には木原の血走った目が映った。

 先程までの温厚さとは裏腹に今度はもう何を言っても理解してくれないような態度。

 まさかカッターナイフのことをユウスケにバラされるとは思っていなかった。




「前嶋、お前だけは俺の事を分かってくれるやつだと思っていたんだが」



「先輩!! 本当に違うんです!! 信じてっ、信じてください⋯⋯」




 信じてほしい。どんな手を使ってでも、信じて欲しい。

 なんで、なんでこうなった。

 私はただ、ただ⋯⋯。



 前嶋の瞳から再び涙が零れ落ちた。





「ごめんな前嶋⋯⋯。俺、昔のトラウマのせいで重度の人間不信なんだ」



「⋯⋯」



「だから今の前嶋の言葉全てが信じられない」




 泣いたのに、あれだけ泣いたのにまだ涙が零れる。

 今までに感じたことの無い大きな絶望。

 大好きな先輩に全てを打ち明けようとしたが、それが逆効果。

 私の一言が自分自身を嘘つきにしてしまったのだ。




「なんで綾宮を脅迫したのかは知らないけど、俺が思っていたお前の印象とは大違いだったなぁ」



「⋯⋯違う。違うんです!!」




「ちがわないだろ!?」




 木原は大きな声で、前嶋を否定した。

 違う、違うと何が違うんだ?

 新入部員を脅したって自ら自白しといて何が違う?

 鷺ノ宮と仲直りして、まだ話せてない綾宮とこれから仲良くしようと思っているが、本当は願っていることがある。



「⋯⋯俺はみんな仲良く部活したいんだよ」



「⋯⋯」



「だからそんなことあってはいけない」




「⋯⋯どうして、せんぱい。⋯⋯私はただ、せんぱいに分かって欲しくて」




「分かって欲しくて俺に話そうとしたのならそれは間違いだ」




 木原は立ち上がって前嶋と向き合った。


 分かって欲しいから話すことは否めない。

 ただ、やってはいけないことをして、話せば解決すると思ってはいけない。

 たとえどんな人でも。たとえ、片・想・い・の相手だとしても。




「ごめん。今日あったことは忘れる」




 さっきも前嶋に忘れて欲しいと頼まれだが、これは本当に忘れた方がいいのかもしれない。

 人を信じられない病にかかっている俺にはもうこれが真実か嘘かが分からない。



「前嶋、明日は普通に部活しような」




「⋯⋯せんぱ」




「じゃあ、俺は帰るから。前嶋も今のこと全部忘れて明日部活来いよ」




 木原はそう言って一歩ずつ、重い足を動かしながら前嶋に背を向けて下駄箱へと向かった。

 その後ろ姿が、木原がまたぼやけていく。




「⋯⋯なんで」




 左のポケットからカッターナイフを取り出す。

 そのカッターナイフの刃をゆっくりと出し、カチカチ、カチカチと限界まで刃を出した。




「どうして⋯⋯。私のせいなの?」



 涙が一粒、二粒とカッターナイフに落ちていく。




「⋯⋯これのせいで私の人生ぶっ壊れた」





 前嶋は跪ひざまずき、カッターナイフを両手で強く握った。

 憎み、恨み、想いをぶつけるように握った。

 それと同時に前嶋の手から溢れる血がコンクリートの地面に一滴、落ちた。

後書き

ここまで、第1章ながらもなかなかな修羅場や胸糞なシーンが続きましたねー笑


そしてここまで3話連続で木原と前嶋のシーンを書いてきました。

この話が後々の大きな伏線となるかもしれません。



まぁこの部活内で誰かが嘘をついているという基盤は変わりません。

今後ともよろしくお願いします。



そして今後の展開としましては、これまでとは違い、緩い展開はもちろん、ここからやっと大きな物語の1つ目が始まる予定なのでどうぞお楽しみに!


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