第17話
すっかり夜になり、商店街の店もシャッターを閉めている頃に木原は商店街内の道を抜け、駅前の広場へと出た。
さっきまで鳴いていたカラスの群れも暗くなってせいか自分の巣へと帰ったのだろう。
バスターミナルにはもうバスが二、三台いるだけ。
人も少なくなってきているので、自転車で通りやすくなっている。
家は駅から自転車で三分程の路地裏にある一軒家。
築五年で二階建てのごく普通の家。
「前嶋に悪いことしちまったな⋯⋯」
前嶋に元気づけてもらったのに、逆に前嶋を傷つけてしまった。
前嶋が綾宮をカッターナイフで脅迫したということには本当に驚いたが、前嶋は自分で自白してそれを否定するとった訳のわからない言動だった。
前嶋が本当に嘘をついているとは限らないが、ユウスケから聞いたカッターナイフの話が混ざってますます前嶋を信用することができなかった。
路地裏で自転車をこいでいると、右側のコンクリートの塀に一匹の黒い猫が座ってこちらを見ている。
「お前は何も考えずに寝てていいな」
すると猫は首を傾げて足で顔をかき、にゃーんとこちらを見ながら鳴いた。
「じゃあな、黒猫」
木原は再び自転車をこぎだす。
黒猫をもう一度確認しようと後ろを向いたが、そこにはもう黒猫の姿はなかった。
「あれ? もうどっかいったのかな」
たった数秒の間で消えるというまるでマジシャンみたいなマジック。これぞ消えるマジックだ。
木原は一人でニヤニヤしながら立ちこぎで家へと向かった。
家に帰ると何故か鍵が閉まっていた。
「はぁ? おい! 開けてくれよー!!」
人差し指でインターホンを連打して、連打して、連打しまくった。
夜遊びでもなく、普通に学校から帰ってきたのに鍵がかかっているという酷い仕打ちである。
うちには父と母がいるが、それともう一人余計なやつがいる。
車がないのに一回のリビングの電気がついているということは父と母は出掛けていて、そいつがいるだけということだ。
「⋯⋯あいつ」
あの女がリビングでテレビ観てるということが確信できた。
木原は連打をやめ、庭の倉庫の中にある合鍵を取り出し、静かにドアを開けて家の中に入った。
リビングに入るスライドドアを勢いよく開け、木原は叫んだ。
「だーかーらー!! 俺が帰ったら鍵開けろって何回言ったら分かるんだ!?」
「⋯⋯」
無視かよ、と思ったがいつもの事なのでスルー。
木原は荷物をソファーに投げ捨て、上着を脱いで冷蔵庫から麦茶を取り出し、コップに注いだ。
「⋯⋯」
「⋯⋯」
「⋯⋯おかえり」
「いや、おせーよ!」
数十秒の沈黙の末、ようやく口を開いたのはうちに住みついている女、浪川 咲野なみかわ さきの。
同じ高校かつ同学年で幼馴染でもなんでもない女。
とある理由で俺の家に住みついているのだ。
「⋯⋯この番組、面白くない」
「じゃあみんなよ⋯⋯」
咲野はこの通り、感情があるのかないのか分からないのだ。喜怒哀楽を見せることなんかない。
喋り方もスローで笑うことなんかほとんどない。
いつもリビングか俺の部屋にいるが、本当に何故うちの両親は咲野がこの家に住むことをあっさりと許したのか未だに理解ができないでいる。
木原はコップいっぱいの麦茶を流し込んだ。
「⋯⋯ねぇ、ノコ」
「どうした?」
ノコ、とは俺の名前が木原このはらなので木このを逆から読んでノコらしい。咲野にしかそんな呼び方されたことなんてない。
「お腹空いた」
「ちょっと待てちょっと待て、今作るから」
いつも家に帰ると両親が出掛けていていないので自分と咲野の分の食事を作らないといけない。
なんか簡素な料理でも作ってからどっか行ってくれと両親にいつも言っているが聞く耳なんて持たない。
本当に俺の両親なのか?
「咲野ー、何食べたい?」
「⋯⋯」
「⋯⋯咲野さん?」
「⋯⋯エスカルゴのハーブソルト焼き」
「そんな物ないし返答遅いわ」
木原は冷蔵庫の中から肉じゃがの材料を取り出し、早速調理に取り掛かった。
咲野の要望はいつも頭がおかしいので聞いても作らない。一応聞いてはいるが。
「ノコ」
「んー、どうしたー?」
人参を切る音がリビングに響く中、しばらく喋らなかった咲野が突然名前を呼んできた。
「ノコ、学校で何かあった?」
木原は指を切らないように猫の手をしていたが、その一言によりくずれ、危うく指を切断しそうになった。
何かあったかなんて聞かれてもありすぎて困るくらいの出来事が今日だけで大量にあった。
最近学校に行ってない咲野だが、何故か鋭い。
「⋯⋯それ言わないといけない?」
「うん。ノコの学校であった出来事を聴くのが私の日課」
そんな日課なんて作って欲しくはないが、何も無かった訳では無いので話そうとするが話しずらい話なので少し間が空く。
「⋯⋯ノコ、女の子となにかあったでしょ」
ズドンと木原は再び指を包丁で切断しそうになった。
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