第15話
「あの⋯⋯。前嶋さん? これは一体⋯⋯」
「先輩。女の子を甘く見てはいけませんよ?」
もごもごと胸の中で前嶋が喋るので、木原は少し擽ったかったが、我慢せざるを得なかった。
突然の出来事に現状を受け止めておくしか術がない。
「⋯⋯なぁ、前嶋」
「何ですか? 先輩」
「もしもな、幼馴染の事が好きで片想いをしてるとするだろ」
「はい」
「ある日突然その子に嫌われたらどうする?」
どうする、と言われても。
幼馴染のことを好きで片想いをしていて、ある日突然嫌われる。とても現実味のない質問だ。
木原の口から出ないような言葉が今出て、前嶋は少し困惑した。
何故そんな事を急に質問してきたのかは分からない。しかし、今は木原に寄り添えるのは自分しかいない。
「私ですか。私だったら⋯⋯」
私だったら、どうするのだろう。
幼馴染というものは特別な存在である。
自分には幼馴染というものはいないが、自分がもしも、もしもの話、そのような事になったら。
もしも、もしもの話、木原先輩に嫌われたら⋯⋯。
「⋯⋯あれ」
視界が少しづつぼやけていく。
目が悪くもないのに、木原先輩が見えにくくなっていく。
嫌われたら、どうなのだろう。
「どうした? え、前嶋?」
この先輩に嫌われる? 有り得なくもない話だ。
きっと自分自身を見失うだろう。
嫌われたら、きっと私は⋯⋯。
「先輩⋯⋯」
私は知っていた。
自分が木原先輩のことを好きだということを。
同じ中学校の時から好きだった先輩。
そして、偶然同じ高校になり、やっとみつけた先輩の部活に入部した。
たった数日しか経っていないけど、その想いは未だに揺るがない。
「私、先輩が⋯⋯」
「⋯⋯前嶋?」
先輩が好きだ。
こんなクールな先輩が好きだ。
あまり前に出てこようとしない先輩が好きだ。
私が先輩のことを好きな理由なんて知らない。
ただ、ふいに好きになっていた、一目惚れかもしれない。
でも何故だろう。涙が止まらない。
「先輩⋯⋯。せ、せんぱぃ⋯⋯。せんぱ⋯⋯ぅぅうわぁぁぁぁぁぁ」
「どうした? 大丈夫か?」
私は支配されている。
私は制限されている。
私は監視されている。
私は反抗できない。
私は恋ができない。
「どうして、どうして私だけ⋯⋯」
「⋯⋯」
胸の中で泣いて泣いて泣きまくる前嶋を木原は静かに抱きしめた。
木原はそれ以上、前嶋を問いただそうとはしなかった。
そして、前嶋はそのまま泣き続けた。
────東に見える山から鳥の鳴き声が聴こえると同時に、夕日が沈んでいくのが確認出来る。少し生暖かい風が吹いている。
「すみません先輩。私、先輩の服汚してしまって⋯⋯」
「いいんだよ! これくらい。少しは元気になったか?」
その言葉を聞いて前嶋は少し切ない気持ちになった。
優しい言葉、優しい匂い。
しかし、そんな事を感じてはいけないという自分がいる。
「⋯⋯先輩、さっき質問しましたよね。もし幼馴染に突然嫌われたらって」
「あ、うん。そーだったな!」
とは言ったものの、前嶋が突然泣き出すものだからすっかり質問したことを忘れていたのが事実であることを言えるはずがない。
木原は前嶋から目を逸らした。
「私の答えは、もう出てます」
「えっと、その答えは?」
「ですから、もう出ましたよ」
「え? 出たの? いつ?」
前嶋は少しだけ残った涙を右手で拭い、木原の顔をまじまじと見つめながら言った。
「せんぱいっ、女の子の涙に答えが隠されてますよ!」
「えぇっ!?」
女の子の涙って、何かすごい力があると思うんです。
そう前嶋は言い、木原の目の前に移動した。
「木原先輩、明日の部活は必ず来てくださいね」
「お、おう。行くつもりだよ⋯⋯」
正直鷺ノ宮との一件で普通に行きづらいのだが、前嶋にそう言われてしまうと何故か断れない自分がいた。
鷺ノ宮と明日どうやって仲直りすればいいのか分からないが、本当に仲直りなんて出来るのだろうか。
あんな事を普通されたら絶交間違い無しだ。
「それとですね、私との今日のこと忘れてください」
「いや、忘れろと言われてもだな⋯⋯」
「忘れてもらわないと私が恥ずかしいので」
前嶋は顔を少し赤くしながら言った。
突然抱きしめて、突然先輩の胸の中で泣きまくるなんて羞恥プレイのレベルが高すぎる。
「前嶋、えっとな」
「どうしました先輩?」
「ありがとな」
前嶋は何も言わずににっこりと笑って返事をした。
木原は前嶋に抱きしめてもらってから少し心が軽くなった気がしたのだ。
「それと先輩、最後に一つだけ言わせてください」
「ん? どうした」
「次に先輩と二人きりになった時に、言いたいことがあるので覚えといてくださいね」
今までに見たことの無い、前嶋の悲しげな表情。
何でそんな事を言うのか、この時の木原には理解できなかった。
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