第14話
「先輩たちは男心というものを分かっていないんです」
「なっ⋯⋯」
「十分男心掴まれてるんだけど」
自分より可愛くない、自分より髪の毛がパサパサで、何より一番胸が小さい。
そんな魅力のない彼女に何ができるのか。
「見ててください。私が先輩方よりもレベルが高いということを証明してみせます」
そう言うと前嶋は勢いよく立ち上がり、強く光の射す窓際へと移動した。
そして錆びて固くなったロックを無理やり外し、窓を開けた。
冷たく乾いた風が前嶋の髪の毛を靡かせている。
「⋯⋯何してんの?」
え、と言うと同時に視界に映ったのは見覚えのある顔だった。
外の廊下を歩いていた木原がこちらを渋い顔で見ている。
「木原先輩?? どうしてそんな所に⋯⋯」
「いや、俺のセリフなんだけど」
前嶋の後ろにユウスケ、綾宮と続いて現れた。
「⋯⋯木原? お前何してんだよ。部活は?」
「部活は⋯⋯。明日から行くよ」
木原は俯き、切ない表情をみせた。
今日は流石に部活に行けない。流石に気まずい。
そう言うと木原は歩き始めた。
「ちょっ⋯⋯先輩!!」
そう言うと前嶋は何も言わずに走り出し、ドアを勢いよく開き、部室を出た。
「前嶋!! どこ行くんだよ!!」
「ユウスケ君」
綾宮は前嶋を追いかけようとするユウスケの袖を掴み、止めた。
「⋯⋯綾宮さん?」
「行っちゃだめ」
前嶋に水を指してはいけない気がしたのだ。
あのファミレスで、彼女は木原のことを好きと言った。
彼女の今の様子だと、水を指すことは許されない行為だと予想できるのである。
ユウスケは言い返すことも出来ず、黙り込んだ。
「ユウスケくん、綾宮さん。このまま部活を続けましょう」
鷺ノ宮がお菓子を手に取り、口に入れた。
ユウスケには理解出来ていた。
鷺ノ宮は木原にされたことを根に持っているはずだ。今は木原のことなんか忘れたいはずなのだ。
「う、うん。やろうか! 部活の続き⋯⋯」
「放っておけば二人とも戻ってくるわよ」
「戻ってこなくてもいい」
鷺ノ宮は眉間に皺を寄せ、苛立ちを隠せない様子。
その一言には木原に、幼馴染の木原に対しての大きな恨みが込められているのが分かった。
前嶋 未来がなんの為に、どういった目的で木原の元へ行ったのか分からない。
今の前嶋には首を突っ込まない方が身のためだと綾宮ほ悟った。
────前嶋は階段を駆け下りて、木原のいた廊下へと向かっていた。
何故木原の元へ行っているのか本人にも分からない。
ただ無我夢中に自分の中の何かに誘導されてひたすら走っているのだ。
「木原先輩⋯⋯」
「前嶋?? なんでこんなとこに?」
見つけたのは良かったのだが、木原のその言葉でやっと我に戻ったのだ。
なんでこんな所にいるのだろう。さっきまで二階の窓でトキめかせ合戦をしていたはずだったのだが。
前嶋は息を切らしながら目にかかった前髪を叩はたいた。
「先輩、何かあったんですか? いつもと様子が違いますし、今日は部活に来てないですし」
「え? あぁ⋯⋯。ちょいと色々あってな。部活に顔を出せないんだよ」
本当にどうしてしまったのだろう。
窓で木原先輩と会話してから意識がない。
何かを感じて夢中で木原先輩の元へと来てしまった。
目的など無いはずなのに。
「色々、ですか⋯⋯。先輩、何か悩み事があるなら相談に乗りますよ?」
「ありがとう前嶋。でも悩み事なんかないよ。明日にはちゃんと部活に顔出すからさ、心配すんな」
思ってない事が口から出てしまう。
木原先輩と話しているのに、話していないような謎の感覚が襲いかかる。
脳だけ寝ていて、口だけ起きているような感覚だ。
私は、何がしたいの?
「先輩⋯⋯。へ? あ」
急に目が覚めた、意識が戻ったのだ。
何の会話をしていたのかも思い出せない。
目の前には悲しそうな顔をした木原先輩。
「どうした? 前嶋」
「へ? いや、あの⋯⋯」
やばい。何を話していたのか分からない。ここからどんな会話をすればいいのかも全く分からない。
ただ分かるのは木原先輩が悲しそうな顔をしている、何かあったということだけ。
「せっ、せーんぱい! 悩み事なんて私が全部吹き飛ばしてあげますからね!!」
「お、おう。ありがと⋯⋯って、えぇ!?」
背の高さが頭一つ分違う二人。
小柄な前嶋は木原の胸へと飛び込んだ。
木原の一定のリズムを刻む心音が聞こえる。
前嶋は右手と左手で木原の身体をがっしりと抱きしめる。
咄嗟の判断では、こうすることしか出来なかったのだ。
「ちょっ⋯⋯前嶋。これはまずいって!」
「先輩は黙っててください。今は悩み事、忘れてくださいね」
自分が何故、こんなことをしているのかは分かっている。
自分が何故、ここに来たのか分かっている。
前嶋は木原の胸の中で、笑った。
さらに力を強め、ぎゅーっと抱きしめた。
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