第13話

 





「じ、じゃあ私から」



 そろりそろりと少しづつユウスケに近づいて何故か姿勢を正し、耳元へと口を運んだ。

 もしかしたら心音がユウスケに聞こえてしまうのではと思いながらも言った。



「⋯⋯⋯⋯す、好き、でした」



「⋯⋯」



 本当の告白なのか、と思うほどの声のトーンと雰囲気。

 いや、これはお菓子に対する評価だよな? と疑ってしまう程の謎のクオリティにユウスケは驚嘆した。

 耳元で女子に好きと言われるこの至福の時間は、一生ユウスケの胸に刻まれるであろう。



「どうだった? どうって聞くのもおかしいかもしれないけど⋯⋯」



「いや、えっと⋯⋯」



 そんな事を聞かれたってどんな感想を言えばいいのか分からない。

 この胸のドキドキをどう表現すればいいのか分からない。

 これを木原に聞かせてやったら絶対ぶっ倒れるなと思う程の破壊力。それに値する最も適した応答は⋯⋯。



「良かった⋯⋯」



 この四文字に限る。

 素晴らしいでもない。最高でもない。

 良・か・っ・た・というこの言葉こそが最も相応しいのだ。

 どんなに美味しい食べ物を食べても、どんなに美しい景色を見てきても、良かったというシンプルな言葉が一番お似合いだ。

 こんなにも分析しているが、ただ単に口から自然に出たのがこれであっただけである。



「そ、そっか⋯⋯。嬉しい⋯⋯」



「なーに? その程度でいいわけ? 鷺ノ宮さん。あなた甘いわ。いいえ、甘すぎるカレーだわ」



「綾宮さん?」



 ありきたりで、テンプレで、つまらない。

 この程度で相手をトキメかせられると思っていては女子失格である。

 綾宮はそう言いながら自信ありげにユウスケへと近づいた。



「私が本当の色気というものを魅せてあげるわ」



 カッターシャツのボタンを一つずつ外す。

 さらに耳にかかっている髪の毛をはらいながら唇を強く、弾く。

 そして中腰になり、膝に両手を置いて目を細め、ユウスケの耳に息を吹きかける。



「だぁっ!! な、何するんだ綾宮さ⋯⋯」



「動かないでユウスケ君。動いたらあなたの耳に私の唇が⋯⋯」



 近い、近すぎる。

 学年一の美少女が、学年一の唇、顔、声、匂いがもうすぐ側に感じる。

 ここで少しでも動けば耳と唇がキスをしてしまう事になる。

 何を使えばこんなにいい匂いになるのかと思うくらいに香るラベンダーの匂い。

 そして意識が遠のく程の癒し効果のあるような美声。

 こんなの、耐えられるわけがない。



「ユウスケ君⋯⋯」



「は、はい」



  「大好き」



 囁くように、優しく、色気のある声が。鼓膜が反応する。たった三文字なのに、遥かに違う凶器となっている。

 脳がとろけるような甘い声と匂いが混ざり合い、ユウスケの心を奪った。



「ありがとうございます!!」



「あら、お礼なんていいのに」



 思わずお礼を言ってしまうほどのレベルの高さ。

 これは正しく本当の女神様だ。

 ユウスケは危うく昇天しかけた。




「さてと⋯⋯。次は誰かしらぁ」




 綾宮は言いながら前嶋の方を笑いながら向いた。

 これはもう完全圧勝。無敵。

 色気、言葉、容姿の全てにおいてパーフェクト。

 相手が悪かった、可哀想に。

 哀れみの表情で前嶋を見つめる。



「⋯⋯」



 前嶋は喋らない。

 勝てる。ついにこの女から解放される。そしてこの女の正体を暴き、制裁を降す。



「どうしたの? やらないの?」



 追い込んで、煽って、苦しめる。

 女には裏と表がある。

 優しさの表。そして嘘の裏。


 これを武器に今までやってきた。


 この女の弱みを握って、潰す。


 そう思っていた。

 しかし前嶋は笑っていたのだ。




「あはははっ!!」



「⋯⋯? どうしたのよ」



「⋯⋯綾宮先輩うるさいなぁ。やりますよ? ちゃんと言ったからにはやりますよ」



 前嶋は自分の髪の毛を弄りながら、綾宮を睨む。





「私が勝ちますよ?」



 そう言うと前嶋は舌なめずりをし、立ち上がった。

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