第11話

引きつったような笑顔。しかも何故この状況で笑顔でいられるのか不思議でならなかった。

 ついさっき、自分自身を爆発させてしまった時、そのユウスケの顔はあらわになった。




「余計って、お前⋯⋯。なんでこんなことする必要があんだよ」



 全くその通りである。

 別にユウスケと鷺ノ宮が今すぐここで付き合うなんてことはありえない事であった。それなのに自分を爆発させてしまい、自我を忘れた行動に出てしまった。


 しかし、あの時のユウスケの不気味な笑顔を見た時に恐ろしいくらいの悪寒が襲ったのだ。



「ユウスケ、今俺が無意識にこんなことをしてしまったことは謝る」



 ただ、中学生からの親友であるユウスケの行動、表情なんて嫌という程見てきた。だから今回のあの表情は何かがおかしかった。

 殺意に満ちている、悪魔の笑顔。



「ただ、今日のお前は何かが違う」



 睨みつけた。

 親友を睨みつけるなんて、今までやったことなんて一度もない。

 理不尽なのは分かっている。自分勝手だって分かっている。でも、今はこいつに敵意がある。




「⋯⋯⋯⋯」




 ユウスケは表情一つ変えずに、じっと木原を見つめる。

 その静かな空気に耐えられなくなった傍観していた男子たちは何人か、教室から出ていった。




「理不尽だろ? 俺は。俺が理不尽ならお前は」




 木原は床に落ちたビスケット一つ、口に放り込み、バリバリと勢いよく噛み砕いた。

 そしてゆっくりと立ち上がり、ビスケットを飲み込んだ。




「俺の知ってる中で一番の嘘つきだわ」




 何が鈍感だ。何が部長だ。

 やっと分かったのだ。

 何故俺がこいつの事をこんなにも嫉妬してしまうのか。


 こんなことを言ってしまったが、本当の嘘つきは俺だった。



 ユウスケが嫌いじゃない。鷺ノ宮が嫌いじゃないのに、何故こんなことをしてしまったのか。

 俺はこの関係を自ら断ちたいのか? 違うだろう。




「木原⋯⋯。お前まだ⋯⋯」




 ユウスケのその言葉で、木原の過去が蘇ってきた。




 数々のトラウマ。

 それは中学時代、俺が人を信じることが出来なくなったとある出来事があった。

 その事が原因で、それからというものの、誰がなんと言おうと信じることが出来なくなってしまったのだ。

 そして被害妄想をよくするようになり、こいつ嘘をついてるんじゃないのかと思ってしまい、こんなことになってしまうのだ。




「⋯⋯ごめん、ユウスケ。今の俺には自分を制御できねーや」



 勝手に捏造し、勝手に引き裂く。これを無意識のうちにやってしまうことかどれほど辛いことか、自分ですら分からない。

 ただ、もう好きな人に嫌われてしまっては何も無い。




「木原⋯⋯」





「ご、ごめんユウスケ」





 反射的に口から出てきたのは謝罪の言葉だけ。

 人間不信で被害妄想が絶えない自分の怖いところはやらかして謝ることしか出来ない事だ。

 本当はあとから気づいて、申し訳ない気持ちでいっぱいのはずなのだが、それが表に出せない。


 そう言うと木原は急いで教室から出ていった。



 ビスケットが散乱した教室に数人の男子とユウスケが、呆然と立ちすくんでいる。


















 ────放課後、菓子部ではユウスケ、綾宮、前嶋、鷺ノ宮が出席していた。木原の姿は無い。



 新入部員が入ってきてまもなくなのだが、凄く悪い雰囲気に包まれている。

 出席している全員の顔がひどくひきつっている。



「⋯⋯えっと、とりあえず部活始めません?」



 ここで先陣切って口を開いたのはユウスケ。

 そう言うとユウスケは棚からお菓子を複数個取り出し、皆で囲んでいる机の上に並べた。



「じゃあまずはこのギロチングミを味見してみようか!」



「た、食べましょう⋯⋯」



 女子三人の中でいち早く食べ始めたのは鷺ノ宮だった。

 得体の知れないグミを勢いよく口に放り込み、噛んだ。

 弾力があり、味はグレープフルーツだろうか? 名前からは想像できないフルーティーな味わいだ。

 鷺ノ宮は飲み込んでひとつ息を吐いた。



「良かったら綾宮さんも!」



「わ、私!?」



 こんな気味の悪い食べ物なんか食べるわけないじゃない、とは言えなかった。

 なぜなら目の前には前嶋 未来が腕を組みながら睨みつけてくるのだ。

 あの時にユウスケと前嶋に何か関係があるのではと推測した。だからユウスケの言うことを聞かなければ前嶋が何をしてくるのか分からない。


 それにここは菓子部。

 勢い余って入部してしまったからにはどんなお菓子でも食べないと威厳が保たれない。



「⋯⋯わかったわ。食べる」



 そう言うと綾宮は恐る恐るグミを一つ手に取り、口に放り込み、噛んだ。

 一回、二回とゆっくりと噛み、そして飲み込んだ。



「⋯⋯!!!!」



「⋯⋯どうだった?」



 と聞いてきたのはやはり前嶋だった。

 本当はそこまで美味しくなかったのだが、ここで批評なんてしたからにはこの後がやばい。

 だからお世辞で誤魔化さないとダメだ。



「い、意外と。美味しかったわ⋯⋯」



「美味しかったか! 良かったー! えっとあとは味について議論をしないと⋯⋯」



 ユウスケは喜びながら議論のための用紙の準備に取り掛かった。

 フルーティーな香りが立っている中、前嶋 未来が何故かまた睨んでいるのが伺えた。

 何故なのか? 何か失敗でもしてしまったのか?

 綾宮は模索するも、検討がつかない。


 すると前嶋がゆっくりと口を動かしているのが視界に入った。

 何やら口パクで伝えようとしているらしい。

 綾宮は目を凝らしてそれを読み取る。











「⋯⋯は、や、く、こ、く、は、く、し、ろ」








 やばい。

 その九文字にとてつもなく殺意が込められているということが前嶋から伝わってくるのがわかった。

 あの時にユウスケに告白しろと言われて、それを無視していたが、これは前嶋が既にしびれを切らしている。



 そしてその時、机の下からカチカチとカッターナイフのあの鈍い音が聞こえてきたのだ。

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