第10話

鷺ノ宮一行は、予想通りにも恋愛トークで盛り上がっている。きっと、ユウスケ君かっこいい! 木原きもい。で楽しんでいるのであろう。



「⋯⋯ってぇな。何すんだよ! 急に腹パンすんなっ!」



「死ね」



 お前は綾宮と付き合ってればいいんだよ、と言わんばかりに木原はいちごオレのゴミをユウスケに投げつけた。


 何が悪い? 俺が何か悪いことをしたのか?

 神様は俺を見捨てた。

 幼馴染と高校になって付き合うなんてラブコメ漫画なんかではテンプレのシナリオだ。

 でも何故だ? 何故、こうなった。



「ねぇ、ユウスケ君。この後時間ある?」



「えっ!?」



 という間の抜けたような声が、木原はユウスケより早く出てしまった。

 この後時間ある? だと?

 そんな言葉が鷺ノ宮のあの麗しく、洗練された口から出てくるとは思えない。

 この言葉を使うタイミングといえば、デート終了後、彼女が彼氏に言ってからあんなことやこんなことをする為に使うのだ。(あくまで個人の感想です)

 それをこの場で、それもユウスケに言うなんてこれぞまさに最終兵器だ。


 鷺ノ宮と過ごしてきた期間は幼稚園に入る前位から。

 俺が鷺ノ宮から言われた言葉なんてせいぜい、今日遊べる? くらいである。

 やはり、時が経つと女子も変わるものである。

 木原は謎の間のあいだに、何かを悟った。




「うん。いいけど、校舎の裏でいい?」



「は?」



 再び木原は間の抜けたような声が出てしまった。

 良くも悪くも女の子から誘われた身である。それなのにいきなり校舎の裏に呼ぶなんぞ一体どんな神経をしているのか。

 しかし、ここはユウスケの謎の勇気を褒め称える他に術なしだ。




「⋯⋯おい、ユウスケの野郎、鷺ノ宮ナンパしてるぜ」



「⋯⋯どう考えても木原邪魔だろ」




 ほれ見ろ。言わんこっちゃない。

 木原とユウスケと鷺ノ宮たちとの会話を見ていた周りの男子や女子たちがユウスケの問題発言にざわつき始め、それぞれが誤解を招いているようだ。

 なんとしてもこの状況を打開しなければ、こいつらの今後の学校生活に支障が出てしまう。

 木原は鞄を漁り、あるものを探した。



「いいよな? 校舎の裏で」




 今の鷺ノ宮にはユウスケがどんな事をしても言うことを聞いてしまう催眠状態に陥っているのだ。

 このユウスケの謎発言にも必ず頷くに違いない。

 そうならば⋯⋯。





「⋯⋯えっと、は⋯⋯はぃ」




「あぁーーーー!!!! やっべぇーーーー!! お菓子ぶちまけちったーー!!!!」




 ユウスケと鷺ノ宮の間に乱入し、その目の前で大きめのビスケットの袋がぶち撒かれた。



 一つ、二つと二人の間に落ちる。

 誰がどう見ても不自然で、意味不で、気持ち悪い。

 中に入っていたビスケットが全て撒かれたと同時にそのゴミ袋をクシャクシャに丸めた。




「おっとぉぉーー!! ここでダイナミックに大転倒ぅ!!」




 木原はわざとスリップし、手に持っていたゴミを鷺ノ宮の顔面にぶつけた。完全にクリーンヒットだ。



 いかにも下手な大根芝居を唖然とした表情で見ていた二人は終わったあともまだ表情が戻らなかった。



 終わった。終わってしまった。自らの人生をここで断ち切ってしまった。

 しかも親友と好きな女の子の前でわざとビスケットをばら撒き、わざとゴミを好きな女の子の顔にぶつけるというとんでもないことをしたのだ。


 これには木原なりの考えがあっての事だった。


 まず、なんの話ししてたっけ? と思わせるようにビスケットをぶち撒き、そして鷺ノ宮を怒らせて話を中断させるようにゴミを顔面にぶつける。という鷺ノ宮から嫌われること間違いなしの捨て身の作戦である。




 クラスが静寂に包まれる。

 誰も動かないし、誰も喋らない。

 聞こえるのは木原の荒い吐息だけ。




「⋯⋯え、何」




 鷺ノ宮のグループの女子一人がようやく第一声を発した。



 木原は何故か罪悪感と後悔に襲われた。


 どう考えても嫌われてしまう行為。そして他に方法があったのではないかという後悔。

 木原の額から、汗が一滴、垂れて床に落ちた。




「⋯⋯ご、ごめん」




 そしてこの静寂と罪悪感に耐えられなくなり、遂に自ら謝罪をしてしまった。

 鷺ノ宮の鼻に残る赤い跡。

 そしてクラス中の痛い視線。

 心做しか、それが心地よい。




「⋯⋯最っ低」




 お約束の言葉を残し、鷺ノ宮は走って教室の外へと出ていった。それを追いかけるようにグループの女子、クラスの女子が追いかけた。





 抑制力、判断力共に皆無だった。

 鷺ノ宮をユウスケに取られてしまうという思いが自分自身に勝つことが出来なかった。




「⋯⋯木原、どういう事だ」




 ユウスケが立ち上がって一つ、落ちていたビスケットを拾った。




 結果として、計画通りではあった。

 しかし、あの時木原は一つだけ何かに気づいていたのだ。




「⋯⋯余計なことをするな」








 ユウスケの今まで見せたことのなかった、悪魔のような笑顔。

 それはまるで、殺人を犯した男のようであった。

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