第9話

北館三階のとある教室。三時間目の授業中で、綾宮 真実は一人、悩み苦しんでいた。


 あの日、ファミレスのトイレであった一生忘れることの無いような出来事。

 謎の後輩女子、前嶋 未来。

 その女は実に先輩後輩関係というものを知らず、生意気で、刃物を持ち歩いている危険人物。


 そんな女との攻防で危うく殺されてしまうのではないかぐらいの所までやられたが、その時に聞き捨てならないことを耳にしたのだ。




「⋯⋯ユウスケ君と付き合え、か」




 冗談ではない。

 かれこれ高二になるまで、なってから何人かの男子たちと付き合ってきたが、全ての関係を絶ってしまっている理由が前嶋 未来なのだ。


 一人目の男子以外、全ての関係を絶たせた方法が脅迫。

 綾宮は昨日、それを経験しているのだ。

 裸にして写真撮ってばら撒くと言った。この耳で聞いたのだ。



 綾宮は、仲の良い後輩女子に前嶋 未来のことを聞いていた。

 前嶋 未来は両親が離婚していて、父について行っているらしい。そして、家庭の経済状況はまずまずで、父が大手有名清涼飲料水企業に勤めているらしい。

 その前嶋の友達いわく、彼女は本当に優しくて友達思い。怒ったとこを一度も見たことがないという。


 そうなってくると脅迫するような女には到底思えない。



 カッターナイフを常に持ち歩き、暴言を吐くような女なのか?




 何故、前嶋 未来が綾宮の交際関係を全て断ち切っていると確証があるのか。


 今まで交際した全員の男子から別れ際に必ず言われたのが、前嶋 未来に脅されるのが怖い。別れよう、だ。

 実は綾宮自身、本当に前嶋が犯人であるとは断定することはできない。ただ、別れた男子の口から出てくる言葉がみんな一致しているだけ。




 ただ、ここで疑問になるのは前嶋 未来が高校一年生であることである。

 綾宮が一年生の頃にはこの高校に居ないはずなのに、付き合ってた男子からはその名前が出ていたのだ。

 このことから、前嶋 未来は綾宮が付き合っている男子を把握していて、高校の外の何処かで脅迫していると考えられるのだ。


 そして、昨日最後に言ったユウスケという言葉。


 あのユウスケ君と何か関係があるに違いない。



 綾宮はシャーペンを回しながら一時間ずっと考えていた。









 ────その頃、木原の教室では、修羅場となっていた。



「⋯⋯え、何? なんか用?」



 鷺ノ宮が蔑んだ顔でこちらを見ている。ゴミを見るような目から発射される視線が木原の心臓に刺さる。

 やばい、としか言いようがない。

 自分から言ったのはいいが、そういえば自分が陰キャだったことを余裕で忘れていた。しかも相手が片思い中の相手。おまけに隣がその片思い中の相手の片思い中の相手である。これぞ、修羅場である。



「えと、あの、えっ、えへぇ⋯⋯」



 きもい。控えめに言ってまじできもい。

 自分の口から出たとは思えないような言葉。

 周りから見れば、ただの変態キョドキョド陰キャである。

 段々、周りの視線が増えてくるのがわかる。



「⋯⋯用がないならもういい? きもい」



 予想通りの返しで、何故か安心してしまった木原。

 ただ、片思い中の相手からきもいと言われたことは本当に大ダメージであるのは間違いない。痛すぎる。

 しかし、これでいいのだ。

 ユウスケと仲良くならないようにするためにはこうするしか無かったのだ。

 木原の手元のいちごオレは乾燥してベタついてきている。




「あ、そうだ。鷺ノ宮、ちょといい?」



 空気を一切読めないユウスケが何故か鷺ノ宮を呼び止めたのだ。

 当然、この後の展開なんて読めすぎて反吐が出る。



「⋯⋯あ、はい! どうしたの? ユウスケ君」



「いや、乙女かよっ!」



 木原は思わず突っ込んでしまった。

 急なトーンの爆上がり。振り向き方がまるで少女漫画。(何故見た事があるのかは省略)

 これは片思い中の異性が魅せる、ベタ中のベタな行為の一つであるのだ。



「今日の部活の事なんだけど、お菓子食べないといけないからお昼ご飯、控えめにね」



「う、うん! 分かった!!」



 満面の笑みの鷺ノ宮。確信犯。どこからどう見ても乙女である。

 それに、ユウスケの忠告も忠告だ。女子に言うことではないだろう。

 鷺ノ宮は少し顔を赤らめながら女子グループへと戻っていった。当然、ここからはあの中で恋愛トークがスタートするに決まっている。



「⋯⋯なぁ、木原」



「あ? なんだよ急に」



「お前、鷺ノ宮さんに嫌われてんの?」




 ユウスケ、死ね。と言わんばかりに木原はユウスケに腹パンを一発お見舞してやった。

 この鈍感クズ男が!!

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