第8話 彼のワンピース

然太郎ぜんたろうー、今日は『抹茶シュークリーム』買ってきたー」


 と、『Ishizawa Sweets Labo』の紙箱を高く上げる。ここは洋菓子店だが、抹茶スイーツが絶品なのである。然太郎は和菓子が特に好きというだけで、別に洋菓子が嫌いなわけではないし、抹茶系のお菓子は大好物らしい。


「ありがとう、マリーさん。寒かったでしょ」

「そうだね、今日はちょっと冷えるかも」

「雪積もったしね」

「積もったっていっても、これで雪遊びはどうかなぁ。たぶん土とか混ざってドロドロになると思うけど」

「大丈夫、別にいますぐ雪遊びしようなんて言わないから。はい、座って座って。ストーブの前ね」

「ありがと。今日はずいぶん甲斐甲斐しいのね」

「そんなことないよ。はい、お茶」


 紙箱を開けると、然太郎は「デカい!」と目を丸くして驚いていた。その姿を見れば、いや、あんたが持つと結構ちっちゃいよ、とは言えない。ここの抹茶シューは、抹茶クリームとミルクのクリームがたっぷり入っていて、上には粉糖と抹茶が振りかけられている。まぁ、だいたいのシュークリームがそうであるように、何も考えずに大口でかぶりつくと……、


「ちょ、然太郎、こっちからクリーム出てる出てる!」

「え、嘘! ああああほんとだあああ」

「垂れる垂れる! ていうか垂れてる! ティッシュ! ちょ、ティッシュどこよこの店!!」

「普通手芸店にティッシュは置いてないよ。カウンター、カウンターにあるから!!」

「あったあった、はい、セーフ!?」

「まぁ、アウトだけど、大丈夫。手で受け止めた」


 その大きな手の上に落ちてしまったクリームを舐めとって、然太郎は私からティッシュを受け取った。


「ちょっともう、考えて食べないと。シュークリームはさ、危険なのよ」

「そうみたいだね。でも、マリーさんは大丈夫だよね。何で?」

「私はね、シュークリームの食べ方を日々研究しているの。強者は上下ひっくり返して食べたりもするみたいだけど、それは見た目がアレだからさ、私は、とにかく一口噛んだら『吸う』! これに落ち着いた」

「吸うのか、成る程」

「ただ、これも結構みっともないけどね。恥ずかしいから人前でなるべくシュークリームは食べないようにしてる」


 そう、結構みっともないのだ。噛んだ状態で、ぞぉぉぉとクリームを吸うとか、こんなの職場とかでは絶対出来ないやつ。


「僕はその『人』にカウントされないの?」


 と、然太郎がちょっと寂しそうな声で言った。


「え?」

「マリーさんにとって、僕は『人』じゃないの?」

「そんなことないよ。ちゃんと『人』じゃん」

「だって、いま『シュークリームを食べない』って言ったじゃないか」

「ああ、まぁ確かに……」


 そうだ。 

 どうして私、然太郎の前でシュークリームがっついてんだ。然太郎は気付いてなかったのかもしれないけど、結構酷い顔でクリームを啜ってたはずだ。

 いや、然太郎が抹茶スイーツ好きだから、ここの抹茶シュークリームを食べさせたくて、それで、然太郎の分だけじゃアレだからって私の分も買って、いや、そうじゃなくて。


「何でだろ。ごめん、然太郎なら良い気がしてたのかも」

「僕なら?」

「うん、何でか。然太郎の前なら食べても良い気がしてた」

「それは、僕がマリーさんにとってちょっと特別だって思って良い?」

「うーん、うん、まぁ、確かにそれはある」

「あるんだね? 言ったね、マリーさん?」

「え? 何?」


 そう言うと、然太郎は勢いよく席を立って「しまった、手がべたべただ!」と謎の言葉を残して奥へと引っ込んでいった。何だ、トイレかな? そんなことを思いながら、冷めたお茶を飲む。先週もだけど、今日の然太郎も何かおかしい。何か全体的に落ち着きがないというか、感情の起伏が激しいというか。まぁ、わたわたしているイケメンを見るのは何とも面白いものだ。ちょっとおバカなゴールデンレトリーバーとか、そんな感じ。うん、髪の色も似てるしな。身体も大きいし。


 2分くらい待っただろうか、お茶のお代わりを淹れている時、彼は戻ってきた。紙袋を持って、真っ赤な顔で。おいおいどうしたんだ。


「マリーさん!」

「え、何」

「ま、マリーさんちょっと、これ」

「何よ、落ち着きなよ。ほら、お茶飲みな、お茶」

「お、お茶は飲むけど、これを」

「これはわかった。わかったって。受け取れば良いのね? わかったから。まずは座って落ち着きなって。どうした然太郎、どうどう」

「ううう。そんなマリーさん、子ども扱いしないでよ」

「してないよ。26の大人なんでしょ? はいはい。ほら、受け取ったから」

「してるよ、これは子ども扱いっていうんだ。ううう」


 自分で作っているらしい、何とも洒落た柄のシャツを着たちょっとマッチョなイケメンメガネ君は、しょんぼりと肩を落として椅子に座り、魚へんの漢字がみっちりとプリントされた湯飲み(お気に入りらしい)を持った。


「温かい。淹れ直してくれたんだ」

「私のを淹れたついで。……そんなことより、これは何?」

「ワンピース。僕が作った」

「何で?」

「マリーさんに着てほしくて」

「えっ、何で?」

「何でって……。駄目だった?」

「駄目じゃないけど……」


 紙袋から取り出してみると、私が持っているものに似た色のワンピースだった。胸元がカシュクールで、袖はフレアになっている。成る程、これはもう重ね着を想定したデザインなわけね。丈は……膝が隠れるくらいだろうか。すごいな然太郎、こんなのも作れるのね。器用なやつめ。

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