第7話 彼女のワンピース
おかしな夢を見たその翌朝、僕はなんかもう、がつんと頭を殴られたみたいな衝撃を受けて、しばらくベッドの上から動けなかった。
よもぎ餅の中に隠れていたことではない。それもまぁまぁショックだったけど。いや、
マリーさんが出て来たことだ。
確かに、僕はマリーさんのことが大好きだ。
だけれどもそれは友達としての『好き』であって、果たして恋愛対象のそれであっただろうか、と。いわゆる『LIKE』と『LOVE』の違いってやつだ。いや、英語はしゃべれないけどこれくらいはわかるから。
あの時、真っ暗な闇の中――のちにそれはあんこだということがわかったけども――で、マリーさんに見つけてもらった時、ものすごく嬉しかった。『誰か』に見つけてもらったことじゃなくて、『マリーさん』に見つけてもらったことが、だ。
マリーさんは僕のことをきっと全然好きじゃない。友達としては好きでいてくれていると思うけど、異性としての好きじゃないと思う。いつだったか、雑誌を見ていて「この人恰好良い」と呟いたのが、僕とは真逆の、なんていうか、『日本男児』っていう感じの人だったのだ。僕みたいな、いまだに「アイキャンノットスピークイングリッシュ!」って言われちゃうようなやつは好みのタイプじゃないのだ。
ああでもどうしよう。
僕はマリーさんのことを好きなんだってわかってしまった。
夢の中のマリーさんじゃなくて、本物のマリーさんと手を繋いでみたい。
木曜日だけじゃなくて、もっとたくさんの日に会いたいし、店の中だけじゃなくて、例えば映画に行くとか、美術館とか水族館とか、そういうところに行くようなデートもしたい。
たまには夜ご飯を一緒に食べたりして、ぎゅっと抱きしめたりもしたい。そしたらきっとその後のこともしたくなるだろうけど。
「朝から何を考えてるんだ僕は!」
いつまでもこんないやらしいことを考えている場合ではないのだ。さっさと身仕度をして開店準備をしないといけない。といっても、ウチの場合は、そう大してすることもないんだけど。せいぜい店の前を軽く掃いたり、窓を拭いたりするくらい。
顔を洗って軽く朝食を食べ、お茶を一杯飲んでから、店のある1階に下りた。
そして、掃き掃除と拭き掃除を済ませ、商品の在庫をチェックする。最近ぐっと冷え込んできたから、ネル生地やファー生地の売れ行きが良い。扱いが難しそうという声を聞いたので、ファー生地を使ったトートバッグ教室を開催したのが良かったのかもしれない。年配の方からは荷物をさっと放り込めて便利と言われたが、若い人からは中のものが見えると恥ずかしい、という意見もあった。そこで、ファスナー付きのバッグもあると良いのでは、ということで、次回はファスナー付きバッグの予定だ。
メーター切り売りの棚を眺めて、ふと、柔らかなニット地が目に入った。
この色だ、と思った。この『青』が近い。あの時の彼女のワンピースは。そう思ったら、もういてもたってもいられず、僕はその生地を棚から抜き取った。そしてそれを作業台の上に置き、ぱたんぱたんと転がして、とりあえず3メートル分裁断する。
これで彼女のためにワンピースを作ろう。といっても、当然僕は彼女のサイズを知らない。とりあえず、確実に僕よりは小さい、ということはわかる。そして、割とスレンダーだ。いつだったか、「自分はとにかくどこもかしこも日本人女性の平均値だ」と言っていた。身長や足のサイズなどなど、ほとんどがどこだかのサイトに載っていた『日本人女性の平均値』みたいなデータとぴったりだったのだという。普通そんなこと、
というわけで、そのデータを元に作ることにした。といっても、身体のラインにぴったりと沿うデザインは危険だ。せっかくプレゼントして「ごめん、チャックが上がらない」とか言われたらお互いに気まずいし、万が一ぴったり着られたりしても「いつのまに採寸したの? キモいんだけど」で終わりである。
だから、少しゆったりしたデザインにして、ウエストにゴムを入れて軽く絞る感じにしよう。胸元はやっぱりカシュクールにしたいなぁ、マリーさん、いっつもかっちりしたシャツだから、たまにはそういうのを着ても良いと思う。うん。あ、でも、いやらしいことを考えてると思われたりしないだろうか。だとしたら困ったぞ。確かに僕はマリーさんの鎖骨を拝みたいとは思っているけど。ちょっとはそう思ってるけど。違うんですよ、マリーさん。僕はね、純粋にあのデザインの服が好きってだけでね、ええと。
って、何を考えているんだ。
とにもかくにも、僕はその日から、店番をしながらマリーさんのためのワンピース制作に打ち込んだのである。
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