8章 蠍座

 眩しい……朝か。

 意識が定まらないことを諦めながら、今日が休みの日だとわかり安堵する。

 連日のいい陽気だ。空には明るく真っ白な雲がある。気分も清々しい。

 寝起きが悪いことは別にして、今日もいい一日になりそうだ。


 視線を喫茶店のテラスに向けると彼女がいる。

 彼女も僕に気づいて、こちらを見ている。いや、少し違う。正しくは、僕を『観察している』ような感じだ。ほんの少し違和感を感じるが、彼女に会えた事が嬉しく、一歩踏み出し挨拶をする。

「おはよう、今日もいい一日になりそうだね。隣いい?」

 了承してくれたが、彼女は少し困惑気味な様子だ。嫌悪感というより僕の挨拶に困惑している様子だった。

「何か僕、変なこと言ったかな?」

 気になったので彼女に訊ねてみる。

「おはよう、とはどういうことですか?」

 驚いた。おはようについて、訊ねられるとは。彼女は僕を試しているのか? 僕の知識を、辞書と同じものだと思っているのかもしれない。

 だけど、特別断る理由もないので、自分なりに精一杯その質問に答える。

「夜がきて、朝が来るよね? その朝の挨拶だよ」

 と説明するが、イマイチという感じだ。

「ほら、空を見て。凄く明るいよね? これが朝だよ」

 二人で空を見上げる。今日も気持ちがいい陽気の空だ。

「いつも別れる頃には、空が暗くなるでしょ? あれが夜だよ」

「夜ですか? 夜とはどういうものですか?」

 困ったが……それは別れ際に説明しようと思う。こう明るいと、夜を説明しようがない。

「夜については、後で説明するね。その前にちゃんと寝てる?」

「寝てる、とはなんですか?」

 これにも困った……彼女は睡眠を取っていないんじゃないか!?

 だが、彼女の表情に疲れは見えないし、クマもない。自分が寝ていることに気づかないだけなのか?

「えっと、夢とか見ない?」

「夢ってなんですか!?」

 夢について凄く興味津々のようだ。

 今日のメインの話題が決まったが、彼女の生活が凄く心配だ。ちゃんと寝ていれば、いいのだが……。


 僕は夢について話す。自分が見た夢の話や、夢を題材にした映画など、様々な話をした。

 最近見た夢の話では、美味しいモノを食べる夢、旅行に行く夢、友達と遊ぶ夢、不思議な体験をする夢、それから……館に迷い込む夢。

 それらを紹介していると、いつも通りあたりは暗くなる。一日の限りが近づいてる。彼女とのひと時は、いつもあっという間だ。

「おっと、もうこんな時間。楽しいからあっという間だね。ほら、今暗いでしょ?」

 僕は空を見上げる。僕に続き彼女も見上げる。

「これが……暗い、ですか? これが夜なんですか?」

「そうだよ。眠くない? 僕はちょっと眠くてね。だから今日はこの辺りで」

 そういい、僕は席を立つ。

「今日はありがとう、楽しかったよ。また次の機会にね」

 そういい、いつも通り一歩踏み出す。

 彼女と分かれ、僕はいつも以上に眠くなり、突然目の前の世界が見えなくなる。

 

 僕はその暗闇の世界へ消えて行く。

 次に出会う光の世界ために。

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