序章 人生の書斎から旅立った作家


 中間色の偉大な作家はこの『人生の書斎』を旅立った。

 彼女がいないこの書斎はとても寂しい。その寂しさが『鉄カブト』を歌っている。とても美しい歌だ。その後も様々な歌が歌われる。ただ、その声の主は女性なのだが……。

「どうですか肯定さん!? 私のカバーは! 歌には自信がありませんが、どうしても歌いたかったので歌いました! 少しはロックスターみたいでしたか?」

「もちろんだよ! ありがとう。寂しさが一気に消し飛んだよ。でも、早かったね。もう、元の世界でやることは済んだの?」

「ええ、また戻ると思いますが、やるべきことはやってきました」

 彼女はそういい書斎のソファーに座り込む。

 きっと、不思議に思うだろう。なぜ、旅立った偉大な作家が、今度はロックスターとして戻ってきたのか。僕もそれには驚いたが、それが『当たり前』という詐欺師の見せる幻影の錯覚なのだ。

 僕もあなたも既に彼女が描いた中間色の牡羊座という星座の物語を見た。そう『人生の書斎』というこの物語を。

 彼女の無定で無限の力が見せる、夢幻で夢定のライブを最前列で見たのだ。ただ、それは当たり前のことだ。だから忘れてしまう。やっぱり、当たり前というのは伝説の詐欺師だ。全ての詐欺はこの当たり前の真似から始まる。

 彼女があの後、どんな物語を描いたのか?

 そこには無限の可能性が秘められている。元の世界で芥川賞に選ばれたが、それを蹴り飛ばし大活躍を続け、新たに中間色賞という賞を創ったり、妹のソフィーと共にロックバンド、『グレーハーツー』を始めたかもしれない。無限の可能性の中から、何を選んだのか。その詳しい物語は、今この瞬間を見ているあなたの力に委ねます。

 そうやって様々なことを自分の想像力で描くことができれば、きっと自分の物語だって思い通りに描けるでしょう。

 なぜなら、夢を見ることがない彼女がこの物語を描けたのだから。そう彼女は夢を見れない。だけど、夢を見る自分を想像し、この物語を描いた。

 存在しない無定の幻を有定の世界に描く力。

 それは誰だって持っている。無限の可能性を持つ夢という自由な幻、それを有限の時空に描く運命も同じように持っている。

 その幻を表幻した瞬間、幻と現実は中間色のように混ざり、曖昧になる。そう、今この瞬間のように。中間色の作家がいるこの書斎にはいつでも来れる。

 なぜなら、彼女がそこへ続く扉という物語を描いたから。この物語を読めば、その瞬間あなたはこの書斎に来る。

 それは、解散したバンドの楽曲を聴く事と同じ。

 過去にいる彼らの声が今この瞬間に届く。彼らの過去の今と共に。その当たり前に気づけたら、きっといつだって最高だと思えるでしょう。

 過去がよかったと振り返ることは、その最高だった過去の今を覗くこと。過去や未来はお互い違うけど、どちらも同じ今によって創られる。最高だと思う過去、悩む今、不安に感じる未来。実はそれらは、同じ今によって繋がっているのです。最高だった過去の今、それを振り返る今、この瞬間。どちらも本当は同じ今なんです。当たり前ですけどね。

 その当たり前が隠している不思議で凄い力に気づけたら、あなたはそれを上手く使いこなし、過去も未来も自由に変えられるはずです。

 その二つは同じ今で繋がっているので、今が変われば全てが変わります。悔しい過去も、今が最高になれば、それを創る大切な過去という最高の今になります。今が最高なら、それが続く限り未来の今も最高です。そうです。今だけが確かなもので、変えられるのも今だけなんです。凄く当たり前のことですが、忘れてしまう当たり前。

 他にも、届かないと思っている手紙。

 それは、実は幻影の錯覚かもしれません。なぜなら、手紙を書いた瞬間、それが相手に届いているかもしれないからです。少なくとも、あなたの記憶の中にいる相手には届きます。届かない手紙が、記憶の相手とあなたを繋ぎます。それは、『届かないと同時に届く手紙』です。これも当たり前のことです。

 これまで紹介したことは、全て当たり前のことです。

 だけど、それらは凄いことです。でも、ただ凄いわけではありません。秘密の力を上手く隠し、気づかせないことが凄いのです。

 うっかり忘れ、気づけば幻影の錯覚を見せられる。

 そんな偉大な詐欺師、当たり前が持つ『当たり前』。それを盗める自信が、あなたにはありますか?


 さて、そろそろお別れの時間です。

 彼女のライブに最後までお付き合いいただき、ありがとうございます。彼女も大喜びです。アンコールまでできて、最高の気持ちです。

 さあ、次はあなたが無限の可能性を秘めた無定の自由な力で、有限の時空に有定の運命という物語を描いてみてください。

 あなたの影のように近くにある探し物と、当たり前という偉大な詐欺師の協力があれば、たいていのことは成し遂げられると思います。

 僕達も新しい作家さんの活躍をとても楽しみにしています。

 そして、その物語を必要としている誰かがいるはずです。

 自分のために作品を表現するその姿に、不思議な力を貰う人もいるのです。僕もたくさんの人からその力を貰いました。

 人は作品を表現する創造者と同時に、不思議な力も表幻する魔法使いだと思います。

 未来の創造者であり、未来の魔法使いのあなたが描くその物語は……。




 

 それでは、また次の機会にお会いしましょう。



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[2019年7月30日火曜日]人生の書斎 テツガク肯定 @tetugakukoutei

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