5話目:魔法は万能??



 太陽は、目の前の光景に生唾を飲んだ。


「……」


 その生唾は、決して「美味しそう」だからではない。

 目の前には、バットに並べられた完成チョコレートが置かれている。そして、それを眺めているのは先ほどのチョコ作りメンバーと風音。

 今、ダイニングには試食をすべくチョコを取り囲んでみんなでワイワイ眺めていた。


「美味しそうにできたじゃん」

「でしょ!ラッピングで余ったからみんなで食べようと思って並べたんだ」

「では、私はお茶を淹れましょうか」


 と言ってキッチンに消えたのは神谷。

 先ほど、手を加えた方が良いと言っていた彼なのだが、太陽が見る限り何もしていない。忘れているのだろうか。不安は大きくなるばかり。


「で、誰がどれ作ったの?」

「!」


 太陽が聞きたくて仕方なかった質問を風音がしてくれた。

 そうだ、それだ。太陽は、それが聞きたかった。

 なぜなら、そのバットに並べられたチョコレートはほとんど同じ形をしているため。

 サツキの丁重な指導のせいで……いや、指導のおかげでデコレーションが上達してしまった……いや、上達したために誰がどれを作ったのかがわからなくなっているのだ。


「んーと、この四角いのがユキ。あとはわからない」


 そのアバウトな解説に、太陽は頭を抱えた!


「ふーん。天野は姫に上げるの?シンプルなデザイン好きだしいいチョイスだと思う」

「そうなんです。固めて切っただけなので簡単でした」

「お前、キッチンに立たないから正解だと思うよ」


 と、いいながらユキの頭を撫でている風音。その行動で顔を赤くした彼女は、サツキにもよしよしされている。そんな光景に微笑ましい表情をするも、目の前の問題が大きすぎる故に太陽はすぐ表情を戻した。


「(ユキさんのチョコを食べれば当たり外れはない。サツキさんのチョコが当たりで、姫のが……)」


 太陽は何やら難しい顔をして考え事をしている。

 彼の思考が終わる前に、なぜチョコレートが余ってしまったのかの説明に入るとしよう。




 ***




「では、包装しましょうか」


 出来上がったチョコレートを見せ合っている3人に向かってシノが声をかけてきた。彼女が指差す方向には、色とりどりの包装紙とリボンが置かれたテーブルが。どうやら、作っている最中に用意してくれたようだ。


「はーい」


 3人の嬉しそうな声に、思わず太陽の表情も緩む。

 こうやって見ると、風花が女の子なんだなと再認識する。彼女には、こういう時間も必要なのだ。

 むしろ、こういう時間を増やすために自分が付き人として側にいる。これは、守らないといけない時間。


「包装はやったことないや」

「私も。いつもそのままあげてたし」

「シノさん、教えてください」

「はい。得意なので、なんでも聞いてください」


 シノは、みんなが移動したのを確認すると、一個の小さな箱を手にとった。


「まずは、箱選びから始めましょうか」

「どうやって選べば良いんですか?」

「チョコレートの大きさと個数で決めると良いですよ。まあ、大抵は入れるとしても6つまでですね。あまり多くても相手が食べきれない場合があります」


 といいながら、箱の蓋を開ける。その箱は、真ん中で4つに区切られていた。


「箱であれば、4〜6個と偶数が良いです。袋であれば、1つからでも見栄えします」

「ユキみたいなチョコレートは、仕切りなくて良さそうだね」

「そうですね。ユキ様のものであれば今私が持っている箱の仕切りをとって使うのがベストです」

「じゃあ、それいただいて良いでしょうか」

「どうぞ」


 シノが箱を渡すと、早速しきりを取り除くユキ。真四角の箱には、ちょうど彼女が作ったチョコレートが綺麗に入りそうである。


「風花様のチョコであれば、袋でも良さそうですね。どうされますか?」

「うーんと。いろんな人にあげたいから袋にしようかな。あ、でも太陽にあげるのは箱が良いな」

「……」


 ということは、彼のだけ量が多いのか。嬉しいやらなんやら、太陽の気持ちは複雑だ。


「思い切って、ハートの箱にしてもいいですね」

「ハート?」

「この箱であれば、厚みがあるので風花様が作った丸いチョコも入りそうです」

「……ハート」

「バレンタインデーって、自分の気持ちを相手に伝える日なんですよ」


 戸惑いを見せた風花へ、バレンタインデーの意味を伝えるユキ。彼女があまり感情を出せないことを知っているため、こういった助言ができる。

 すると、風花は


「うん!じゃあ、やっぱり太陽にはハートの箱であげよう」


 と、確定事項のように頷きながら言った。嬉しいやらなにやら。やはり、それを後ろで聞いている太陽の気持ちはやはり複雑である……。


「サツキちゃんはどうします?」

「うーん。デコレーション派手にしたから、外装はシンプルで行きたいな」

「であれば、この黒い箱はどうですか?」


 シノが提案した箱は、正方形の黒い箱。高級感の漂うザラッとした素材になっている。星空のようにキラキラした彼女のチョコにぴったりだ。


「うん!それにします!」

「では、ラッピングの仕方ですが……」


 こうやって、シノのレクチャーによって「余りチョコ」が誕生した。




 ***



「お待たせしました。色々なチョコがありましたので、アールグレイに統一させていただいております」


 神谷が、ベルガモットの香りを漂わせてキッチンから帰ってきた。その手には、丸いティーポットと人数分のティーカップがトレーに置かれている。

 アールグレイは、どんなチョコレートにも合うとされている紅茶。さすが、その辺りは熟知している。


「良い香り!」


 その香ばしさに、サツキが声をあげた。


「太陽様、淹れるのお願いしてもよろしいでしょうか?」

「あ、はい。わかりました」


 太陽は、神谷と場所をチェンジしトレーの上に一緒に置かれている砂時計へと視線を動かす。カップへと手を当てると、温かい。先に温めていたようだ。


「神谷、お願い」

「承知しました」


 太陽とチェンジした彼は、ユキに何やらお願いをされている。それだけで伝わるのは、長年の信頼関係ができているからか。それとも、範囲テレパシーで指示を受けているのか。

 お願いを受けた神谷は、バットに並べられたチョコレートの前へ行き手をかざすと


「血族技、消化」


 と、はっきりとした声で魔法を唱えた。


「?」

「?」

「……」


 血族技とは、その一族にのみ継がれている魔法。彼は、呪いや薬などマイナスの物質を取り去る魔法を伝授されている。

 彼の手がパーッと光ると、それがチョコレートへと降りていく。

 それを「?」を浮かべながら見ている風花とサツキ。ユキはわかっているので、何も言わない。


「何したんですか?」

「ユキ様にお願いされましたので、最後の仕上げをさせていただきました。アールグレイに合うよう、多少チョコレートの油分を調整してあります」

「へえ!そんな魔法もあるんですね」


 初めて見る魔法に興味津々な風花。全く疑っていない様子にユキがホッと一息ついた。

 嘘をつくのは忍びないが、まあ今回だけ。


「……」


 その魔法に見惚れたのは風花だけではない。太陽も、ボーッとした様子でチョコレートへと目線を向けている。


「太陽様、そろそろ注いでいただけますか?」


 急いで目線を戻すと、砂時計が全て落ち切っていた。慌ててそれを持ち上げる姿に、風花とユキが笑う。


「じゃあ、食べましょうか」


 全員に飲み物が渡ると、ユキが楽しそうに言った。

 それを合図に、神谷がケーキトングを使ってチョコを取り分けていく。


「太陽様」

「お手伝いしますか?」

「いえ。こちら、風花様のお作りになったチョコレートですよ」

「……」


 差し出された皿の上には、綺麗な銀河が描かれた丸いチョコレートが乗っている。そのデコレーションの完成度の高さと言ったら。やはり、お店に売っているものと同等、いや、それ以上の出来だ。

 誰が作ったチョコなのか把握していた神谷に驚く時間もないほど、目の前のそれを見つめ生唾を飲む。


「……姫、いただきます」

「うん!どうぞ」


 それをニコニコと見つめる風花。

 太陽の心臓は、バクバクである。一応、すぐに流せるようにティーカップを片手に口の中にそれを放り込んだ。


「どう?」

「……おい、しい」


 そのチョコレートは、拍子抜けするほど美味だった。いつも彼女の料理を食べている太陽にとって、カルチャーショックに近い衝撃が走る。


「よかった!サツキちゃんにたくさん教えてもらったんだ」

「頑張りましたね」

「うん!相原くんたち、喜ぶかな」

「もちろん。姫が作ってくれたものならなんでも喜びますよ」

「えへへ」


 と、風花は上機嫌。感情が出しにくいのにもかかわらず、そこには普通の女の子がいた。

 そんな彼女の様子に、涙を浮かべる太陽。その成長は彼にとって嬉しいもの。急いで涙がこぼれないよう気を取り直し手に持っていた紅茶を飲んだ。


「本当だ。チョコレートとの相性がよいですね」

「魔法は万能だよ」

「素敵ですね。ここの魔法は暖かい……」


 その紅茶も、美味しかった。絶妙な温度、味、香り全てにおいて満点に近い。


「神谷はすごいんですよ」


 そんな様子を見て、ユキが笑う。自分の執事が褒められるのは、彼女にとってこれ以上ないほど嬉しい。それだけ、彼に誇りを持っている証拠でもある。故に、神谷も嬉しい。


「これからもよろしくお願いしますね」

「こちらこそ」


 と、まあ感動するような場面が繰り広げられている後ろでは、ある意味バレンタインデーに相応しい姿が見られる。


「ユウ、どう?」

「うまいよ、良い子良い子」


 距離が近い。とにかく距離が近い。

 ダイニングの端にあるソファに腰掛ける風音とサツキは、ぴったりとくっついてチョコの試食をしている。

 ユキたちからしたらいつもの風音一族の光景なのだが、太陽からしたらそれは「非日常」である。赤面するのは致し方ない。


「あはは。太陽さん顔真っ赤」

「太陽、どうしたの?」

「……いえ、なんでもありません。それより、翼さんたちに持っていくお菓子をまとめましょうか」

「うん、そうする」


 幸い、風花の後ろで繰り広げられているためそれが見えることはない。あれは教育に悪い。彼女に見せるのはよくない。あれは教育に悪い。

 そんな太陽の願いが通じたのか、風花は目の前に広がっているラッピングされたチョコレートをまとめている。


「早く相原くんたちにあげたいなあ」

「首を長くして待っていると思います」

「……うん」


 そろそろお開き。

 それを感じた風花は、少しだけ寂しい表情をする。


「風花ちゃん、また来てくれますか?」


 風花の寂しそうな顔に向かって、温かい笑みを向けるユキ。


「来て良いの?」

「もちろん。今度は私がそちらにお邪魔しても面白そうです」

「……うん、うん!次も一緒がいい!」

「私も風花ちゃんと一緒がいいです」


 そんな微笑ましい光景が広がっている中。いつもなら太陽がそれを見て微笑んでいるのだが、今、彼はそれどころではない。


「……神谷さん、お願いします!」

「なんでしょうか」

「先ほどの魔法、教えてください!」

「……申し訳ございませんが、あれは私の血族じゃないと使えないんです」

「え……じ、じゃあ、それに似た魔法を!何か!」

「難しいですね」

「お願いします!お願いします!」


 と、まあ、彼女の料理を「美味しい」と感じたことがない太陽は必死である。あと一歩で土下座しそうな勢いで頼み込んでいた。


「……では、アドバイスをひとつ」


 そんな太陽に、神谷がいつもと同じく冷静な表情で向き合う。


「一緒にキッチンに立ってみてはいかがですか?」

「……一緒に」

「ええ。当番制も良いですが、たまには2人でキッチンに立つのも楽しいと思いますよ」

「……」


 そのアドバイスは、思ってもいないことだった。それで、味が変わるのだろうか。太陽は首をかしげた。


「一緒に作れば、味に思い出が追加されます。最高のスパイスだと思いませんか?」

「……それってプラシーボ効果ってやつですか」

「まあ、そうとも言いますね」


 あっさりと認めた彼の態度には、笑うしかない。太陽は、さっぱりとした気分になって


「試してみますね」

「ぜひ」


 騙されたと思って試してみようと素直に思えた。なんだか、うまく丸め込まれた気もするがまあそんなもんだろう。


「姫、帰りましょうか」

「うん」


 話を終えた太陽は、同じく話を終えた風花に向かって話しかけた。彼女は、シノからもらった可愛らしい紙袋をひとつ持っていた。その中には、彼女が作ったチョコレートがたくさん入っている。


「ちょっと先生!いつまでいちゃついてるんですか!」

「だって今日寂しかった」

「後で部屋でやってください!!」


 いまだにいちゃついている彼らに向かってユキが怒鳴りに近い声量で言うと、渋々立ち上がる風音。名残惜しいらしく、その手はしっかり握られている。


「はあ……。シノさん、今宮さんにやらないでくださいね」

「……?」


 以前、サツキがしていた行動をそのまま今宮にして気絶させたことがあるシノ。またやりかねないので、はっきりと口にしないといけない。


「バタバタしててすみません。風花ちゃん、太陽さん、帰りましょうか」

「お願いします」

「忘れ物はありませんか?」

「……」


 本当は、あの魔法を教えてほしい。名残惜しく神谷に視線を向けるも彼は無言である。諦めた太陽は、ユキの言葉にコクンと頷いた。

 そして、サツキとキスを交わした風音が合流すると4人は手を繋いで光に包まれる。


「そうそう、太陽様」

「……?」


 消える一歩手前で、神谷が口を開いた。


「私が魔法をかけたチョコレートは、バットの上に置かれていたものだけです」

「は!?」


 太陽が文句を言おうと口を開くも、その行動は叶わなかった。


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