4話目:犠牲者の数は何人か




「〜♪」


 風花は、上機嫌で綺麗なバットへと作ったチョコレートを並べていく。見た目は、店並である。中には、アーモンドやナッツ、オレンジピールなどを入れているのを太陽が確認していた。

 チョコレートの注いであるバットの中は、半分なくなっている。このままであれば、なんの問題もなくチョコレート作りが終わりそうである。


「風花ちゃんのチョコレート、美味しそうですね」

「食べる?多めに作ってるからいいよ」

「本当ですか!じゃあ、ココナッツいただいていいですか」

「どうぞ。それは、中身何も入ってないやつ」

「わーい!いただきます!」


 と、こんな微笑ましい光景も、太陽は安心してみていられる。なぜなら、調理過程をバッチリこの目でみていたため。しかし……。


「……?」


 嬉しそうに口の中へ入れたユキの表情が一変した。

 その変わりように、太陽が「ああ……」とため息を漏らす。


「どうしたの、ユキ」


 サツキも、その変化に気づいたようだ。なお、風花はご機嫌にチョコレートをコロコロと手で転がしている。こちらに視線は向けられていない。


「……サツキちゃんのチョコ、一口もらっても良いでしょうか」

「?……いいけど」


 と、よくわかっていない様子。「?」を浮かべながらも、綺麗にかたどった……これまたブランド物のチョコレートのごとく形が整っているチョコレートひと欠けを彼女へと差し出す。それを食べたユキは、後ろで待機していた彼に声をかけた。


「……太陽さん」

「すみません、事前に風音さんには言ったのですが」


 太陽は、ユキが何を言いたいのかそれだけで察したようだ。本当に申し訳なさそうに頭を下げている。もちろん、風花は上機嫌でチョコをコロコロと手で転がしているのでこちらの会話は聞こえていない。


「先生にあとで食べさせます……」

「?」


 サツキはその会話がよくわかっていない。


「風花ちゃん、やっぱり料理慣れてるだけあって上手だね」

「うん!楽しい」

「誰に作ってるの?」

「えーとね。相原くんに……」


 と、女子トークをお楽しみ中だ。

 きっと、この場に翼がいたら、最初に名前を呼んでくれたという事実だけで鼻血を吹き出すだろう。彼がいなくて幸いだった。


「風花さん、先生にもひとついただいていいですか?」

「え?いいよ。多めに作ってあるし、神谷さんとシノさんにもあげる」

「ありがとうございます」


 事情を知っている神谷とシノは、大人だ。表情を一切表に出さずにこやかに笑っている。ユキは、それを見て早く大人になりたいと思ってしまった。

 風花が作業に集中していて助かった。


「何か、変なもの入れてました?」

「いいえ、特に。ちゃんと見ていたのですが」

「……物質変化の魔法使えたり?」

「そんなことはないと思いますけど」


 と、ヒソヒソと彼女のチョコレートに関する評論が始まるものの原因が掴めない。双方諦め、ユキは作業に戻っていた。彼女は、チョコレートを固めてココアパウダーを上からかけて箱に詰めるだけ。あまり作業するものがないから、こうやっておしゃべりができる。


「できた!」


 そうこうしている間に、サツキのチョコが完成したようだ。


「え、綺麗」


 そこには、宇宙が広がっていた。丸いチョコレートに、菓子用スプレーや筆を使って銀河が丁寧に再現されている。いつここまでやったのだろうか。その手際のよさに、驚きが隠せない。


「サツキちゃんすごい!夜空みたいだね」


 作業途中の風花も、その様子に大はしゃぎ。オレンジや水色、緑色に輝くチョコレートの宇宙を絶賛している。


「なんだか、表面が綺麗です」

「テンパリングのおかげだよ!」

「テンパリングのやり方覚えたから、帰ったらみんなに作ってあげよう」

「……」


 その言葉に、太陽が頭を抱えた!


「中は何を入れたんですか?」

「んーと、これがオレンジピール、こっちがキャラメルヌガー。こっちにははちみつ入れたよ!」

「いつの間に?これ、どうやって中に詰めたの?」

「風花ちゃん、まだチョコ残ってる?」

「うん」

「そしたら、一緒にやろうか!」


 と、何も知らないサツキが風花の手をとって作業台の方へと向かう。自身のチョコレートは、あとは固めるだけなので放置しておいても問題ないのだ。


「これをこうして……」


 と、教師らしくサツキがレクチャーしていく。余っていたチョコレートとはちみつを丁寧に包んでいくその過程は、まるで料理教室。事前に用意されていた水飴と三温糖をはちみつに混ぜて固めると、素早くチョコレートで包みにかかる。


「すごい!もう一回やって欲しい」

「いいよ。一緒にやろう」

「うん」


 風花は、そんな魔法のような工程に釘付けだ。目をキラキラさせながらその様子を懸命に追って覚えようと手を動かしている。

 その様子を見た太陽は、一瞬次に訪れるであろう地獄を忘れて微笑んだ。それほど、優しい空間だった。


「……」


 彼女は、優しすぎる。ゆえに、いつも仲間を守るために必死で自身を犠牲にして戦っている。その様子は、周囲からしたら残酷に映ってしまうもの。

 みんなを守りたい風花と、風花を助けたいみんな。その思いが交差するからこそ、こうやって心のしずく探しが続けられる。その思いが崩れ去った時。太陽が怖いのはその瞬間である。

 誰かが犠牲になれば、それは簡単に崩れるだろう。それが、仲間なのか、風花自身なのか。

 未来予知ができればこんな心配はしないのだが、彼だって万能ではない。こうやって、風花の歩く道を見守って気づいた石しか拾ってあげられない。できるだけ、彼女がそれにつまずかないようにするも、限界はある。それが、太陽にとって歯がゆく、自身の弱さを感じてしまう原因にもなっていた。


「できた!太陽、できたよ」


 そんな風花の言葉でハッとした太陽は、視線を主人へと戻す。


「綺麗ですね。流れ星みたいです」

「でしょ?これ、相原くん喜ぶと思うんだ」

「彼は、姫からの贈り物であればなんでも喜びますよ」


 その太陽の言葉には(食べ物以外であれば)が隠れているのだが、まあ割愛しよう。

 風花の手には、太陽が言ったように流れ星のような絵が描かれたチョコレートがちょこんと乗っている。その雄大さ、自由なデザインは風花にぴったりだった。


「そうかな。じゃあ、これは相原くんに持ち帰ろう!」

「しかし姫。帰ってからも作るのでは?」

「あ、そうか。じゃあ、これは帰ったらみんなで食べるようにしようかな」


 ここで消費しようと思った太陽の思惑が大きく外れてしまった。そんな表情に気づかない風花は、ユキとサツキと一緒に包装を始める。


「(とりあえず、犠牲者はユキさんと風音さんと神谷さんと……)」


 そんな様子を見ながら、太陽は犠牲者の数を数える。



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