3話目:ドタバタダイニングライフ!
バレンタインデーとは、恋人たちが愛の誓いを交わす日として年に1度訪れるイベント。
元々は、ヴァレンティヌスと言うキリスト教の司祭が処刑された日である。
彼はローマ皇帝に隠れて、婚姻を禁止され嘆き悲しむ恋人たちへ結婚式を取り計らい、その罪によって処刑されてしまった。その処刑された日は、皮肉なことに家庭と結婚の女神とも言われているユーノーの祝日。それは、今でも全世界の人々に語り継がれている。
そして、現在。
女性が男性へチョコレートを贈る日として認識され、形を変えていった。それは、地域ごとに異なり、男女関係なく贈り物をするところ、チョコレートではなく花束や本などを贈るところとそれぞれである。
まあ、前置きはこの辺にして、ユキと風花たちの様子に戻ろうと思う。
「あ、ユキ!蒸気はチョコに入れちゃだめ!」
「えー、難しい……」
風花とサツキが切り刻んだチョコレートを溶かすため、沸かした熱湯の上にボールを置くユキ。しかし、チョコを入れたボールが小さいこともあり、どうしても蒸気がチョコレートの中に入ってしまうのだ。
「そしたら、このタオルを外のボールの縁に巻いて……」
見かねた風花が、彼女が持っているボールへ目の前にあった濡れたフェイスタオルを巻いていく。すると、蒸気がそのタオルに吸収されて外に出なくなった。
「わー、すごい!風花ちゃん、ありがとうございます」
風花は、本当に料理に慣れているようだった。包丁さばきも、多少不安定ではあるものの最後まで怪我をせずトントンと規律のある音を立ててチョコを刻んでくれた。それを見たサツキが、先が不安だったのもあり安堵の表情を浮かべたのは言うまでもない。
とはいえ、ユキも思っていた以上に器用だった。漫画のようにボールをひっくり返して頭に被ることはないし、混ぜているだけで爆発することも今のところない。
「結構力必要ですね」
「そうだよ、料理って根気がないとできない」
「風花ちゃんのところは、当番制でしたっけ」
「うん。太陽と交代でご飯作ってるの」
「本当、尊敬します」
慣れないためか、肩の力が入ること入ること。見かねたサツキが、何度も力を抜こうとするもののやはり数分で元に戻ってしまう。まあ、明日はおやすみだしいいか、と早々に諦めている。
「ふふ。神谷さん、尊敬されていますよ」
「それはそれは。努力が報われますね」
そんな様子を微笑ましく見ている2人。指示を受けていないので、こうやって後ろで見ていることしかできないのだ。彼は、執事。主人であるユキからのお願いがないと絶対に動かない。シノも、楽しそうにしている3人に入る気はなさそうだ。
「……姫。様子を見に来ました」
そこに、少しだけ顔色の悪い太陽が顔を出す。上着を脱いだのか、白シャツにコールパンツの組み合わせでダイニングへと入ってきた。
ここで初顔合わせの神谷とシノへの挨拶が始まるも、すぐに真剣な表情でお菓子を作っている3人に視線を向ける。特に、その視線は主人である風花に向けられていた。
「太陽さん、何だか顔色が優れないようで」
「……風音さんのところでいただいたチョコレートで胸焼けしてしまって」
「ああ……。彼、チョコにはちみつかけますもんね」
「桜茶にも入れてました……」
そんな彼へ、素早く神谷が炭酸水を運んでくる。受け取って一口飲んだ彼は、少しだけ落ち着いた表情になった。
それが日常になっているユキとサツキは何も言わない。目の前で溶かしているチョコの方が今は大事だ。風花がボールを押さえていてくれるので、混ぜやすい。
「時に姫」
「どうしたの、太陽」
「今まで何をしましたか?」
「んーと。手を洗って、チョコを包丁で刻んでボールに入れたよ」
「それ以外は?」
「あと、ボールにこうやってタオル巻いた」
「他は?」
「ボール持ってるだけだよ」
太陽はその言葉を聞き、安堵した。その光景を見ていた神谷が何かに気づいた様子。太陽と並んでいるところで小さく、
「太陽様、もしかして」
「……そのもしかしてです」
「なるほど。これは少しだけ手を加えたほうがよろしいですね」
「気づかれないようにお願いしても良いでしょうか」
「2人して何ヒソヒソしてるの?」
その様子を、サツキが気づいて声をかけてくる。
「いいえ。執事談義をしておりました」
「神谷さんに色々教えて欲しくて」
「ティーポッドの種類に関するお話、いかがでしょうか」
「いいですね、お願いします」
それを、上手に交わす2人はさすが執事。色々わかっているのだ。
「あ、そうか。2人とも付き人だもんね。いいなあ、私も執事さん欲しい」
「サツキちゃんには先生がいるじゃないですか」
「サツキちゃんの彼氏って風音さんなの?」
「そうですよ。めちゃくちゃ熱いんです」
「へえ」
とはいうものの、その「熱さ」をわかっていない風花は空返事。この辺りはまだまだお子様なのである。そんな主人の様子に微笑む太陽。
心のしずくが以前よりも多く集まりつつあるので少しずつではあるが感情が表に出るようになった主人の様子が嬉しいのだ。あとどのくらい戻れば、彼女が恋心という感情に気づくのか。その瞬間が待ち遠しいようで少しだけ怖い。
「サツキちゃん、こんなもんでどうでしょうか?」
「うん!いい感じ。そしたら、まな板の上にチョコを乗せて」
「バットじゃなくて、まな板?」
「そうだよ。テンパリングしないと」
サツキは、「?」を浮かべている2人の目の前でチョコレートのボールをひっくり返し中身を大きなまな板の上に注いでいく。
その手際の良さに、
「綺麗」
「ね、初めて見た」
と、2人は興味津々な様子。
器用にヘラを使ってチョコレートをのばしていくサツキ。
「サツキちゃん、すごい。どこで覚えたの?」
「組織いる時。カイトがチョコ好きだからよく作ってたの」
「……そうなんですね」
サツキは、ここにくる前にとある組織に属していた。その会話は、彼女にとって良いものではない。ユキは、その会話に終止符を打つべく、
「それ、何してるんですか?」
と、話題を変えた。
「温度調整だよ。こうやると、完成した時の色艶がよくなるの」
「知らなかった。そうだよね、見た目大事だよね」
その風花の言葉に、「味も大事です!」と叫びそうになった太陽。そこは、鍛えた精神でグッと堪える。
風花の作る食べ物は、100点満点中120点の高得点を叩き出すほど見た目が良い。そのままなんの手を加えずともお店に並んでも全く違和感のない仕上がりを見せてくる。
しかし、それを口の中に入れれば話は別。点数は、彼女の名誉のためにつけないでおこう。とにかく、それを口に運んだカトラリーを全員落とすほど味が……優一の言葉を借りると……アレなのだ。
「こうやって、一定の温度になったらバットに入れて飾り付けするだけ!ね、簡単でしょ?」
「……その一定の温度って何度ですか?」
「うーん。人肌よりかなり低め。チョコの種類によって変わるからなんとも言えないなあ」
「範囲が広すぎてわかんない」
「私も、感覚でやってるから正確な温度わかんないかも」
慣れた手つきでバットの中へチョコを注いでいくサツキ。もちろん、そのバットも人肌の温度に温めてある。3つ分のバットへとチョコを分けると、それぞれ他の2人の前にそれを置いた。
「じゃあ、作ろうか」
「……どうやるんですか?」
「うーんと、ボールチョコ作るなら手にココアパウダー塗ってチョコをコロコロするの」
「ユキちゃん、そこにあるクッキーの型を使っていろんな形を作っても面白そうだよ」
「うーん。悩みますね」
「このままバットの中で冷やしてナイフで四角く切るのもありだよ。生チョコ風になる」
「あ、それいいかも。私はそれにします」
チョコを渡そうとしている相手の彩華は、あまり着飾った形のものが好きではない。であれば、出来るだけシンプルなものの方が良いだろう。ユキは、そう決めるとバットの中にあるチョコレートを冷やすべく冷蔵庫へと向かう。が、
「ユキ!ストップ!」
「ひゃっ!?」
サツキの急に発した声に、思わず変な声をだすユキ。風花の笑い声が後ろから聞こえてくるものだから、顔を真っ赤にして落としそうになったバットをしっかりと握りしめた。
「なんですか」
「チョコレートは冷蔵庫で冷やすと脂肪が分離して美味しくなくなっちゃうの。温めたばかりだから、常温で固めたほうがいいよ」
「へえ。知らなかったです」
「私も。サツキちゃんは物知りだね」
と言いつつ手を動かしている風花。手にココナッツパウダーだろうか白いパリッとしたものをつけてコロコロとチョコレートを転がしている。
それをハラハラとした表情で見つける太陽。今にでも手を出しそうである。
「……」
彼にとって、これからが本番。
太陽は、個人作業になった風花の手元に集中すべく、場所を移動した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます