2話目:始まる前から胃もたれが酷いんです




「ただいまー」

「ここがユキちゃんのお部屋なのね」

「そうですよ」

「なんだか、このお城の外装見て風の国を思い出した」

「あ、お姫様ですもんね」


 ユキが自室へ帰ると、サツキがスマホ片手にソファで眠っていた。今朝方まで任務だったので、あまり眠っていないのだろう。それを知るユキは、少しだけ起こしにくさを感じるものの、明日にプレゼントを渡すのであればあまり時間がない。

 隣の部屋に風音と太陽を置いてきた2人は、サツキの寝顔を微笑みながら眺める。


「……サツキちゃん、サツキちゃん」

「ん……」


 よく見ると、風音が着ていたパーカーの色違いを身につけている。それが、なんだかユキから見ると微笑ましい。


「あ、寝てた?」

「おはようございます」

「こんにちは」

「!?」


 ユキだけだと思っていたサツキは、その隣にいる風花に驚き手に持っていたスマホを床に落としてしまう。それを拾い上げた風花は、


「初めまして、桜木風花です」


 と、いつもの優しい声で寝ぼけているサツキに向かって話しかける。戸惑いを隠せないサツキは、かろうじて上半身を起こし、


「は、初めまして。サツキです……」

「風花ちゃん、異世界の住人なんです。以前、クリスマスの時にお会いして」

「へえ……」


 とは言うものの、きっと半分も理解していない。髪の毛をボサッとさせたサツキは、差し出されているスマホを手に取り、


「風花ちゃん、ありがとう。よろしくね」


 髪を整えながらそういうのが精一杯だった。

 2人が目の前で握手を交わしているのを、ニコニコしながら見ているユキ。全員年齢が近いのもあって、馴染むのも早い。


「ってことで、作りましょうか」

「うん!材料は、さっき神谷さんがダイニング運んでくれてた」

「じゃあ、ダイニング行こうか。案内お願いね」


 気合いを入れた3人は、ダイニングへと向かう。




 ***




「……えっと、風音さんこの包装紙の山は」


 風音の部屋で待っているように言われた太陽は、その奥に積み上げられていたチョコの山に視線が行ったようだ。まあ、あれだけ積まれていれば誰でも目に止まる。


「ああ、実家から送られてきたもので」

「……風音さんの実家って、チョコレート専門店とかだったりします?」


 と、なんだか先ほどもしたような会話が繰り広げられていた。


「食べます?お茶いれられます」

「……1人であの量は酷ですよね。ありがたくいただきます」

「……?」


 まさか、目の前にいる彼があの量を3日で食べきれるほど甘いものが好きだとは太陽も思うまい。彼なりの気遣いにより、早速その山は崩されていった。


「嫌いなチョコの種類ってあります?」

「特に。ホワイトでもビターでもなんでも好きです」

「未成年なのでラム酒入りは避けますね」

「ありがとうございます」


 これだけあれば、いろんな種類のチョコレートが選べる。まさに、「店」である。2人でいくつかセレクトすると、それをソファテーブルの上に運ぶ。


「包み、開けてもらって良いですか」

「はい、わかりました」


 太陽が包みを開け、風音がお茶を用意すべく手を振る。

 すると、目の前にはいつものティーセットが現れた。その魔法に興味津々な太陽。


「ここの魔法は面白いですね」

「生活の一部なので」

「こういうのもありかもしれません」


 魔法は、戦闘で使うもの。そう認識している太陽の目にそれは新鮮に映ったに違いない。頬を緩め、彼がお茶を注いでいる様子を面白そうに眺めていた。


「どうぞ、桜茶です」

「綺麗な色ですね。いただきます」


 ちょうど包みを開け終えた太陽が、出された桜茶を手に取る。


「甘いお茶ですね」

「さくらんぼの花が原料なので、甘めのお茶ですよ」

「……」


 と言いつつ、隣ではその注いだお茶にはちみつを加えているのが目に飛び込んでくる。風音の味音痴を知らない太陽は、見なかったふりをした!


「これ、クーベルチュールですね」

「本当だ。もう少し脂肪分少ないの探します?」

「いいえ、桜茶とマッチしていて美味しいですよ」


 と言いつつ、隣ではその手に持っているチョコレートにはちみつをかけているのが目に飛び込んでくる。風音の味音痴を知らない太陽は、見なかったふりを……できなかった。


「……風音さんって、甘いものお好きなんですか?」

「まあ、人並みには」

「……そ、そうですか」

「はちみつ、使います?ワイルドハニーなので食べやすいかと」

「……いえ、チョコレートだけで」


 今、手元に辞書があったら、太陽は真っ先に「人並み」を調べたに違いない。

 美味しそうに、そして幸せそうにはちみつがけのチョコを頬張る彼を、少し呆れ顔で見ながら太陽も目の前のチョコを片しにかかった。



 ***



「お待ちしておりました」


 女子3人がダイニングへ向かうと、そこにはユキの執事である神谷雅美の姿が。


「こんにちは」


 そして、なぜかシノの姿も。彼女は、最近この城で暮らすようになった戦闘要員。きっと、思い人兼同居人の今宮に贈り物をしようとキッチンを訪れたのだろう。



「あ、シノさん」

「こんにちは」

「初めまして」

「あら、こんな可愛らしい方お城にいましたっけ?」


 いつものにこやかな表情をしながら、風花のことを眺めている。


「私の友人、風花ちゃんです」


 まさか、異世界から連れてきたと言っても信じられないだろう。それだけの説明をする自信のないユキは、手短にそう言った。


「あらまあ。お名前まで可愛らしいですね。よろしくお願いします、風花さん。私はシノと申します」

「よろしくお願いします」

「で、この人が私の付き人の神谷です」

「お初にお目にかかります、風花様」

「……なんだか太陽みたい。よろしくお願いします」


 各々挨拶が終わると、みんながダイニングのテーブルに広げられている材料に目を向けた。神谷が準備してくれたのか、今日は簡易キッチンのようにコンロや鍋もバッチリ揃っている。


「他、なには必要なものがございましたらおっしゃってください」

「神谷、ありがとう」

「まさか、ユキ様から料理がしたいと言われる日がくるとは思いませんでした」

「え、ユキって料理したことないの?」


 神谷の言葉に驚くサツキ。

 そうなのだ。ユキは、神谷が全てお世話をしてくれるので「料理を作る」という行為をしたことがない。そりゃあ、三つ星レストラン並み、いや、それ以上の腕前を持つ執事を前にすれば誰だって作る気にはならない。それは、彼女も同じだった。


「ないですね。そもそも、必要ないですし」

「……じゃあ、ユキは包丁持たないでね」

「刃物は慣れてますよ?」

「……ユキ、キッチンは戦いの場所じゃないんだよ」


 彼女の戦闘道具は、ナイフである。きっと、そのことを言っているのだろう。呆れ気味の表情をしたサツキがそれを咎めるものの、


「私はよく料理するから大丈夫」

「よかった。じゃあ、チョコ刻むのは風花ちゃんと私でやるね」

「うー、私も刃物使えますもん」

「私、流石に流血チョコは食べたくない……」


 と、ユキは納得が言っていない様子。


「ユキちゃん。これだけ人数がいるんだから、分担してやろうよ。ユキちゃんは、チョコ溶かすのお願い」

「……風花ちゃんがそう言うのならやります」


 風花の優しい言い方に納得した様子。それを見るサツキはホッとしたような表情になる。まさか、その発言をしている風花の料理が壊滅的な味をしていることなど知る由もないサツキは、腕まくりし神谷から受け取ったエプロンを身につけ気合いを入れた。

 同じくエプロンを着けた女子2人は、神谷の誘導によって手を洗いにキッチンへと消えていく。


「ふふふ。なんだか今日は、楽しいですね」


 そんな様子を微笑ましく見ているシノ。退屈に部屋で待っているであろう今宮へ、チョコレートだけでなく土産話も持ち帰れそうである。



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