1話目:異世界への扉は簡単に開く?




「ただいまー」

「こんにちは」

「お邪魔します」


 桜木さくらぎ風花ふうかは、クラスメイトの相原あいはらつばさ成瀬なるせ優一ゆういちを連れて家に帰った。


「おや、この時間に珍しいメンバーですね。お帰りなさい」

「テスト期間で部活がなくて」

「左様でしたか。もう少し帰りが遅いと思い掃除を始めてしまったので、少しほこりっぽいかもしれません」


 いつもなら翼だけなのだが、今日は部活が休みらしい優一も一緒についてきた。それを、家で掃除をしていたのか三角巾にエプロン、はたきを持った坂本さかもと太陽たいようが迎えてくれる。いつもピシッとしている彼にしては珍しい姿に男子2人は釘付けだ。


「時に、姫」

「はい?」

「今日は一葉さんと美羽さんとお約束があるとお伺いしておりましたが」

「うんー、そうなんだけどね。美羽ちゃんは急にマネージャーさんから連絡が入って、一葉ちゃんは先生に呼び出しされて時間できちゃったの」

「なるほど。では、お茶入れましょうか。リビングでしたらほこりっぽくありません」

「ありがとう」


 風花が嬉しそうにしている様子を見て微笑む太陽。それを見て微笑んでいるのは彼だけではない。


「……」


 隣にいた翼も、彼女の笑顔に釘付けだった。その表情と言ったら……。「脳内お花畑」という言葉があるがそんなものでは語れないほど。


「翼、表情緩い」

「……え!?な、何か言った?」

「はあ。何でもない」


 翼の恋心を知る優一は、その様子を見てため息をつく。外野から見たらその感情は一目瞭然なのだが、まあ双方恋に関して鈍感スキルと言うのを持ち合わせているのではないか?と思わすほど「恋」に鈍感である。これでは、先が思いやられる。


「?」


 と、やはりよくわかっていない翼は、優一の後をついて先に行った風花と太陽の後を追う。




 ***




「一応聞きますけど、このお菓子はだれが?」


 普通であれば、出されたものに対してそう聞くのは失礼に値する。が、ここではそんな常識は不要。

 風花と対面したテーブルに座ると、出されたケーキについて問いただした。


「私です。安心してお召し上がりください」


 優一の言葉に、太陽が自信を持って答えてくれた。それに安堵したのは男子2人。風花は、頭に「?」を浮かべている。


「太陽の作るモンブランは美味しいんだよ?」

「恐れ入ります」


 目の前には、これまた綺麗なモンブランが。お店で売っているような形のそれは、まるで芸術品。だからこそ、優一は先ほどの質問をしたのだ。


「いただきます」

「いただきます」

「どうぞ」


 なぜなら、目の前で紅茶と一緒に美味しそうにモンブランを頬張る彼女は、料理方面に才能がない。見た目は完璧で食欲をそそるのにも関わらず、味が壊滅的なのだ。その事実を風花の幼馴染である黒田京也の誕生日会で目の当たりした彼らだからこそ、先ほどの質問が許される。


「……本当だ!美味しい」

「店で売ってるみたい」

「作ったばかりですからね。クリームも乾いてないでしょう」


 風花の付き人である太陽。彼は、何でもそつなくこなす。その年齢で風の国の大臣をしているらしい。見た目に騙されてはいけないと、彼を見て優一は学んだ。


「紅茶も美味しいよ」


 太陽は、風花の体質を知っているのか決してコーヒーを出さない。いつも、ここに来た時は紅茶かお茶が出てくる。先日お邪魔した時は、黒豆茶だった。一緒に遊びに来た本城彬人が気に入ったようで、


「この聖別した水は、楽園への扉を開いてくれるだろうか」

 訳)この黒豆茶はどこで売っていますか。


 と、太陽に向かって聞いていたっけ。

 優一がそんなことを考えながら最後のひと欠けを口にした時だった。


 ドーーーーン!!!


「!?」

「!?」

「!?」

「!?」


 中庭の方で、大きな爆発に似た音が轟く。


「敵か!?」


 急いで立ち上がる優一。それにワンテンポ遅れて口をモゴモゴと動かしながら立ち上がる翼は、喉にケーキを詰まらせたらしく咳き込んでいる。


「お待ちください。私が様子を見てきます。お2人は姫をお護りください」

「わかった」

「私も行く」

「姫、戦闘の準備を。私が先に行きます」


 そう言って、太陽は真剣な表情をしながら煙の巻く中庭へとゆっくり慎重に足を進めた。すると……。



「いってぇ!」

「……ちょっと先生!胸触らないでください変態!」

「今のは不可抗力でしょ。減るもんじゃねぇしいいじゃん」

「あ!なにそれ!女性に対して失礼ですよ!!!」

「まずは上からどいて。話はそれからにして」


 そこには、もつれ合う黒白の服を着た男女の姿が。どこからか落ちてきたのだろう、砂埃がひどい。


「どちら様でしょうか」

「……場所、ズレた?」

「そんなはずはないんですが」


 太陽の言葉を聞いているのかいないのか、こちらを見ながらも「?」を浮かべる男女。敵意を一切感じないために、なにもできずにいると、


「あ、ユキちゃんと風音さん」


 風花が太陽の後ろからひょっこりと顔を出した。


「風花ちゃん!ほら、やっぱり合ってた!」

「よかった、久しぶり」


 風花の姿を見るなり、服についた砂埃を払い立ち上がってきた。指を一振りして服を綺麗にするあたり、彼女たちも魔法使いなのだろうか。完全に置いてけぼりの太陽は、


「姫、お知り合いですか」


 と、聞くのが精一杯だった。

 その言葉に、奥にいた翼と優一も顔を出す。


「うん。前、クリスマスの時異世界で会ったの」

「ああ、お話されていましたね。……ご挨拶が遅れました。私は姫の身の回りのお世話を任されております坂本太陽と申します」

「天野ユキです。で、こっちが変態赤茶の」

「風音ユウトです!!」


 彼女の言葉に被せるように男性が発言すると、白い髪を背中に垂らす少女が大笑いしている。それを見て、風花がニコニコしているところを見るとこれが日常なのだろう。


「相原翼です」

「成瀬優一です」


 と、こちらサイドの自己紹介が終わると、


「風花ちゃん!遊びにきませんか」


 ユキと名乗った少女が、風花に向かって気軽に話しかけてきた。


「え、いいの?行きたいけど……」


 この後、美羽と一葉との約束がある風花は、少しだけ戸惑いを見せる。すると、


「時間軸の調整ならこっちでできるから、後の予定があっても大丈夫だよ。この時間帯に帰せる」


 気を利かせたのか、変態赤茶もとい風音が優しい表情で提案してきた。その言葉に目をキラキラさせる風花。こうなったら、行かせないという選択肢はない。太陽はため息をつき、


「姫、いいですよ。息抜きに良さそうです」

「わーい!太陽大好き!」

「俺らも行く」

「男子禁制!」


 優一と翼がついていくことを提案するも、それはユキによってシャットダウンさせる。


「なんでですか」

「バレンタインですよ。男子はお茶飲んで待っててください」

「……」

「……」


 黙り込んだ2人は、決して駄々をこねるために口を閉ざしたわけではない。

「バレンタイン」ということは、お菓子を作るということ。その事実になんと言っていいのか、どう言えば風花に気づかれずにそれを相手に伝えられるのかを考えているのだ。


「では、私は付き人としてお供させてください」

「!!そうだよ!彼は世話係だから!絶対ついていくべき!!」

「う、うん。僕も賛成!!むしろ、ついていかないとおかしいと思う」

「?」


 その慌てように首をかしげるユキと風音。優一と翼は、冷や汗をかいている。どうしたのだろうか。


「……まあ、付き人なら一緒の方が色々都合良さそうですね。では、おふたりをレンジュへ招待させてください」

「喜んで。姫、このままいけますか」

「材料は?」


 と、すでに作る気満々の風花。


「こちらで準備します。手ぶらで大丈夫ですよ」

「わーい!ね、太陽行こう!」

「……風音さん、ちょっといいですか」

「何か」


 彼になら話しても良いだろう。そう判断した太陽が、なにやら風音に向かって耳打ちしている。


「あー。OKです。大丈夫だと思いますよ」

「よろしくお願いします」


 その内容をわかっている翼と優一が「頼むよ」と言わんばかりに合掌をするものだから、それが見えているユキが首をかしげるのは仕方ない。


「?……行きましょうか。風花ちゃん、先生に近づかないでくださいね。どさくさに紛れて女性の身体触ってきますので」

「誰が触るか!さっきのはお前が押し付けてきたんだろ!」

「そうやって人に責任なすりつけるのよくないですよ」

「あーもう!」


 どうやら、大人に見える風音もユキの口には勝てないらしい。短時間でそれを理解した翼と優一は苦笑しながらその様子を眺めている。


「翼さん、優一さん。よかったら冷蔵庫にもうひとつケーキがあるのでお召し上がりください。ちょっと行ってきますね」

「こっちの心配はいいんで桜木のアレ、お願いします」

「わかっていますよ」

「?」


 と、意味深な内容に首をかしげる風花。隣に来たユキの手をしっかりと握ると、


「行ってきます!」


 と、嬉しそうな表情をしながら待っている男子に向かって挨拶をする。翼が顔を真っ赤にしたのは言うまでもない。

 4人は、そのまま光に包まれて消えていった。


「明日、バレンタインか」

「忘れてたよ」

「胃薬、買っておくか……」

「僕、家にある……」


 そんな会話をしながら、2人は今の出来事が夢ではないことを確かめ合いリビングへと戻っていく。



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