【コラボ企画第二弾】『きみと桜の木の下で』×『魔法使いは約束を忘れない』

細木あすか

序章:そうだ!彼女を呼ぼう!



「ユキー、チョコ作ろう」


 昼下がり。

 天野あまのユキが、自室のソファでいつものように読書を嗜んでいる時、隣人のサツキが嬉しそうな顔をしながら部屋の中に入ってきた。


「……バレンタインですか」


 明日は2月14日。それに、「チョコ」とくればそれしかない。


「そうそう。ユウに作りたくて。ユキも、サユナさんに作るでしょ?」

「……サユナ、そういうの好きじゃないので作る予定ないです」

「えー、日頃の感謝を伝える意味でも渡せばいいじゃん」

「あの人、会うと長いんですよ。2時間は拘束される」

「……」


 区切りが良くなったのか、本から目線を上げたユキが、サツキに向かって呆れ顔でそう言った。

 そうなのだ。サユナは、ユキと2人きりで会うとが終わるまで絶対に離さない……。愛されているのかなんなのか。マナというパートナーがいながらこんな関係になってしまうのもなんだか不純すぎるとは思っているが、それでも今の心地よい関係を続けたいユキは何も言わない。

 サツキもそれを知っているためか、何も言わず。


「……まあ、姫に作りますか。最近プレゼントしてないし」


 サツキのしゅんとした表情を見たユキは、考えを巡らせてそう言った。こんな表情をされたら、付き合わないと罪悪感がすごい。


「逆チョコ?いいね!絶対喜ぶ」

「最近執務も頑張ってるみたいだし、いい機会です」

「よし!決まり。じゃあ、早速材料調達を!」

「あ、待って。1人呼びたい人が」

「……?アリスさん?アンナさん?」

「いえ、この世界じゃない人なんですけど」

「……え?」


 軽く背伸びをしながら言うセリフではないのだが、ユキはいつもの口調でそう言ってきた。サツキは、その言葉の意味がわからず素っ頓狂な声を上げることしかできない。



 ***



 ユキは自室にサツキを残し、隣の部屋へと向かう。その部屋の中には、風音かざねユウトがいるはずだ。


「先生ー、いますか?入りますよ」


 城内の部屋には、鍵というものがついていない。部屋の主を登録してしまえば、あとはその人の意思で扉の開閉が可能なシステムが導入されている。

 魔法は、こういうところで便利さを発揮する。


「あれ、サツキと一緒じゃないの?」


 ユキがドアに手をかけるとすぐに内側から扉が開いた。

 そこには、シャワーを浴びたばかりなのか、髪を濡らした風音がいつものパーカーにスキニー姿で立っている。

 本来ならば、彼の顔には一族の呪いである刺青が伸びているのだが今はない。昨日任務だったらしいので、その時に神谷に消してもらったのだろう。


「先生、髪乾かしてマスクしてください。フェロモンひどい」


 風音は、リリーサーフェロモンを制限なく撒き散らす体質の持ち主。本人が制御しないと、それは周囲にかなりの影響をもたらす。

 眉を潜めるユキの表情に気づいた彼は、


「悪い。ソファに座ってちょっと待ってて」


 と、ユキを自室に招く。それに従い部屋に入ると、チョコの香りが漂ってきた。奥に目を向けると……。


「……すごい甘い匂いがすると思ったらなんですかアレ」

「ああ。なんか昨日実家から大量にチョコが送られてきて」


 ベッドのサイドテーブルから取り出したマスクをつけながら、すごいことをサラリと言い出す風音。


「……先生のお家、お菓子屋さんでしたっけ」

「いや、なんかオレ宛に先週からすごい送られてくるらしい。毎年この時期そうなんだよね。姉貴に毎回怒られる」

「……モテるのも大変ですね」

「?」


 綺麗にラッピングされた……見ただけでチョコが入っているとわかるような包装箱が天井に届くほど積み上げられていた。その量と言ったら……。多分、チョコレート専門店を開店させて繁忙期5日は普通に営業できるような多さ。

 風音は、モテる。とにかく、顔も性格も良いためか幼少期からかなりモテるので、その分ファンと言うものが多い。が、本人が自覚していないのだから恐ろしい。

 ユキは、サツキの気合いの入りように納得した。付き合っている人のこれを見せられたら誰だって気合いが入る。


「このくらいなら3日あれば食べ終わる」

「……先生って、チョコレートでできてるお化けとかだったりします?」

「んなわけねえだろ」

「はあ。鼻血出さないようにしてくださいね」

「出したことないから加減わかんねえ」

「……」


 そんな会話をしながらも、風音は髪をタオルドライしている。彼の髪は、赤茶色できっとストレートにしたら綺麗なツヤを発するだろう。しかし、癖っ毛なのかこれまた綺麗なウェーブがかかっているのでその姿はあまり拝めない。本人も自分のヘアセットが苦手らしく最近はサツキにやってもらっているらしい。他人のはできるのに、自分のはできないタイプだ。


「これ、お返し大変そうですね」

「特に。姉貴がリスト化してくれるからそれをいつもの業者に頼んでおしまい」


 さらっと「いつもの」と言っているあたり、常連感がすごい。ユキが呆れるのもまあ仕方ないだろう。


「……機械的すぎません?お姉さん、なんで弟のリスト作ってくれるの」

「オレが彼女作るの嫌がって。そこにあるチョコも全部開封して個人情報は全て抜いてあるし毒味もしてるらしい」

「何時間かかったんだろうか……」


 彼の姉である、風音ゆみは重度のブラコン。それはもう、「重度のブラコン」という枠をすっ飛ばした存在であると言っても過言ではないほどのブラコンさを発揮する姉である。それに慣れている風音は何も言わないが、周囲から見れば十分それは「異常」だ。


「で、要件は?」


 魔法で一気に水気を飛ばした風音は、ユキの座るソファへと腰掛けてくる。やっと本題に入れそうだ。




「桜木風花ちゃんに会いたいなって思いまして」




 ユキの言葉にキョトンとした顔の彼は、明日が何の日なのか理解した様子。


「まあ、女の子同士楽しんできな」

「あ、先生面白くなさそう」

「だって、サツキいないから寂しい」

「あーあ、ごちそうさま!今日だけ貸してくださいよ」

「……別にいいし。チョコにはちみつかけて食べて待ってる」

「もうそれだけで胃もたれ半端ないです」


 他愛のない話をしつつ、2人は立ち上がり異世界への道を開くべく互いの手を重ねた。


「一度開いたから多分できますよね」

「多分、ね」


 とは言うものの、2人とも失敗するとは思っていない。

 そのまま眩い光を発し、ゲートを開いた。



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