第10話 鬼ごっこ②
「じゃあ、行くぞ…」
テストが返ってきた時以上に暗い声で田中君が言った。
「うん…」
僕も負けないくらい暗い声で返す。他の皆は言葉すら発しない。
テストで20点取ってお母さんに渡す時よりも緊張して、怖い。
なんでこんなことに…。
この、昇降口の扉を開けたら、新しいステージに突入する。
このままここでぐずぐずしていたいけど、カンナギ君いわく「それじゃ未練が残って逝くに逝けない」とか言っていた。
華子さんて、子供みたいだ。
昇降口の扉を田中君がゆっくりゆっくり、開ける。
ぎぃぃー
錆びついた音がしてなまぬるい外の空気が流れ込んできた。
僕らはそろそろと外に出てグラウンドを見まわした。そこに華子さんの姿はない。
「いないね…」
吉川さんがぽつりと呟いた。
ついたらグラウンドの真ん中とかで立ってるんじゃないかと思っていた僕らは困惑しながらグラウンドに足を踏み入れた。
「なにも起こらないね…」
「本当にグラウンドか?あいつの勘違いじゃねぇ?」
僕らは田中君と同じように思って、なんとも言えない空気が流れたその時-
キィーンコォーンカァァーンコォォォーン…
急に予鈴が鳴り出した。それも、妙に間延びした低音で歪んだような、聞いてて不安になるような音で。
音に驚いて思わず校舎を見上げた。校舎には大きな時計があって、時刻は11時25分を指していた。
「これって、3時間目の終わりのチャイムってことかな?」
「ってことは、4時間目が始まるまでの10分間の鬼ごっこって事でいいのかな?」
「たぶん…」
佐野さんと吉川さんが話し合っている。
10分か…普段ならあっという間に過ぎて、足りないくらいなのに、今はその10分が重くのしかかる。
きゃー!あははは…
僕ら以外誰もいないのに、まるで休み時間に生徒がグラウンドに出てきたような声が響いた。続いて走り回るような音も。
「な、なんだよ。これ…」
「なんか、休み時間みたいな感じの賑やかさだよね」
その瞬間、全ての音が消えた。
「今度はなに?!」
佐野さんが緊張した声を出した。
ガッ!ガガガガガガッ!!!
スピーカーからひどいノイズが鳴った。
『コれよリ はナコさン ト オニごっコ ヲ ハジめまス』
機械じかけのような、一本調子ながらもところどころ変にひっくり返ったなんとも言えない声でアナウンスが流れた。
『そレでは スたーーート』
「はっ?!えっ?」
僕らが動揺して固まってると、
ガリガリッ ガガガッ
何か、金属を引きずっているような音がした。
その音の発信源に目をやると
「は、はなこ…さん!」
野上くんが叫んだ。
華子さんは、さっきまで持っていたハサミよりもめちゃくちゃ大きなハサミを引きずって歩いてきた。
華子さんの身長は約170センチ。女性にしては長身だ。腰までザンバラに伸びた黒髪、足首丈の赤いロングコートに黒いブーツ。上下黒のこれまたロング丈のスカート。
細くてつり上がった目、口は真っ赤な口紅をひいている。そんな風貌の女が無表情でこちらに近づいてくる。
「怖い…怖いよ…」
皆、足がすくんでその場に縫い止められたように動けない。足がガクガクして気を抜いたら腰を抜かしそうだ。
「に、逃げなきゃ」
吉川さんが自分に言い聞かせるように声を絞りだした。
そうだ。逃げなくちゃ!このままだと殺されてしまう!!分かってるのになかなか体が動かない。
「あいつ、ハサミ引きずってるじゃん。もしかしたら、追いかけるスピード遅いかもしれねぇぞ。なんとか逃げ切れるかもしれねぇ」
田中君がみんなを鼓舞するように言う。
確かに…あの大きさはどう見ても持って走って追いかけられるような重さじゃなさそうだ。
「みんな、大丈夫か?走れるか?10分だけ、頑張ろうぜ」
もう一度田中君が皆に話しかけた。田中君のおかげで少しだけ雰囲気が変わって、体を動かせるようになってきた。
各々が屈伸したり、頬っぺたをペチペチ叩いたり、お互いに声をかけ合ったりして気合を入れ直した。それでも震えは残っていたけど。
「よしっ!行くぞ!なるべく散って逃げるぞ!!」
田中君の号令でいっせいに走り出した。
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