『大海獣ハシラー』 中編その5


 防衛隊の現場指揮官は、大穴中佐であった。


 優秀であり、国家に対する忠誠心も高く、また非常に決断力に富んでいた。


 しかも、たいそうな二枚目で、内部では映画俳優的人気もあった。


 問題は、ハシラーには通じないと言うことだけである。


 大佐は、そもそも、ハシラーとはなにか、に関しては、無知だったのである。


 ただし、それは無理もない。


 ハシラーの正体を、最初から最後まで知っている人物は、実のところ、せいぜい5人以下、くらい、しか、いなかったのだ。


 今もまだ、現役であったのは、長官ただひとりである。


 防衛庁は、以前は防衛省だったが、大きな航空事故を起こしたために、国民から糾弾されて、格下げされていた。


 これについても、真実はまだ明らかではないが。


 当時の首相は事実を知っていたが、このふたつについて語ることはない。


 やまさん兄は、実を言えば、この生物兵器の生みの親といってよい人物である。


 けれど、考えてみてほしいが、自分の子供が、思ってもみない方向に進むのは、世の常である。


 やまさん弟が言う、『ハシラー』は、完璧な生物兵器のはずだった。


 恐るべき戦闘能力を持ち、知能も高い。


 しかし、途中で事業は中断され、『ハシラー』は、海中で抹殺された。


 はずである。



 まだ小学生時代から『超天才』と、呼ばれ、早くから秘かに政府に協力していたやまさん兄が、なぜ途中で、自ら脱退したのか?


 なぜ、田舎に引っ越して、家庭教師や漁師に転身したのか?


 本人以外で、その真の事情を知る人は、まさに、3人だけだ。


 ただし、いずれにせよ、それらは、大穴中佐の知ることではない。


 『怪獣が、半分陸に上がって、暴れ始めましたあ。ああ、でも、海伝いに、関門大橋に向かってゆきます。交通は遮断されていますが。』


 カーラジオの向こうで、記者さんが叫び始めた。


 「ああ、間に合わなかったなあ。しかたない。あの橋は、諦めなきゃ。」


 二人は、ようやく、その海沿いの高級料亭に駆け込んだのである。


 案の定、大将は家族と共に、がっちりと、籠城していた。


 まだ、上陸したらしいハシラーからは、さらに5キロばかりの距離があった。


 それでも、周囲は、避難する人々で混乱状態になっていたのである。


 

 *******     *******



 35年前。


 元首相は、どちらについても、事実を公表する気は、一切なかった。


 豪勢な絵柄の和服で、高価な大型真空管テレビを見ながら、ひたすら、無言だった。


 「あなた、ほっといて、いいんですか?」


 奥さんが、冷えたお茶を持ってきて話しかけた。


 「ぼくは、引退した身だ。なんにもできない。」


 「ま、そうでしょうとも。」


 奥さまは、実のところ、ハシラーのすべてを知る、二人目である。


 もっとも『ハシラー』という、新しい名前は、まだ知らないが。 


 公式な名称は、『Z=01』と呼ばれる人工生物である。


 ただし、本来は、も少し、小さかったはずなのだが。


 彼女は、たいそう有能な生物学者であり、国際的な有名人である。


 国の機関からはすでに引退していて、まあ、年は取ったが、能力は、まだ衰えてはいない。


 やまさん兄の、指導教官でもあった。



 彼女は、実のところ、必ずしも、夫と仲良しと言う訳ではない。


 なんで、こんなのと、手を組んだのか、奥さん自身も、いくらか後悔していたのである。


 でも、いまさらどうしようもない。


 子供はいない。


 そこんところを、『保守的な新興勢力』の一部から、ひどく攻撃されたことがある。



 『怪獣は、関門大橋を狙っておるようであります。』


 あの、ラジオの記者さんとは、違う放送局の番組である。


 どちらかというと、政府寄りで知られる経営者の持つ、放送局だ。


 奥さまは、あまり、お好きではないらしい。


 そこで、彼女は、自分の書斎に引き上げた。


 自宅内の、『私設研究室』と、言っても良いだろう。


 ただし、きわめて、きっちり整理されていて、『危ない科学者』のイメージは、ここにはない。


 奥さんは、テレビのスイッチを入れ、別の放送局を選び、さらに、金庫の中から、『幻のファイル』を、持ちだした。


 政府の『絶対秘密』を隠している、とある山中の防衛庁が所管の、『地下シェルター図書館』以外には、こうした資料はない。


 なかなか、たくさんの資料がある。


 彼女が、こっそり持ちだしたものだ。


 はっきり言えば、犯罪に当たる。


 写真が、張りつけられている紙があった。


 そこには、彼女と、ある、研究者と、やまさん兄が写っていた。


 彼女は、少しためらいながら、かわいらしい、ピンク色の電話機をいじった。




 ************   ************


                       つづく











 





 










 


 





 






 


 



 






 

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