『大海獣ハシラー』 中編その3

 35年前のことである。


 やまさん、の兄は、気鋭の水産科学者だった。


 いわゆる、天才の部類である。


 それまで、だれも扱わなかったような、前衛的な研究をしていた。


 一方、やまさん、の弟の方は、高校卒業した時点で、国家公務員試験の、高卒クラスをパスしていたのだが、少し悩んだが、結局、大学進学は止めて、内務省に就職した。


 いわゆる、ノンキャリだが、もともと、さっぱり、上昇志向がないやつで、よくも、採用されたものなのだが、実のところ、そういう人間も、この世の中には、必要なものなのである。


 いささか、おばかなところが、却って魅力的なのであった。


 もし、それから、上昇志向が強くなれば、それなりに良かったわけだが、さっぱり、そうならずに、時間だけが経ったのが、彼の不幸だったのである。


 さて、兄弟は、たまたま、その夏の終わりに、同時に休暇をとり、実家にかえっていた。


 そこに、突然現れたのが、ハシラーだった。


 折しも、怪獣映画が最盛期に達しようとする時期である。


 実家と言っても、このふたりには、いささか、ややこしい生い立ちがある。


 ふたりの母親は、それぞれ別の人で、父は放浪の音楽家だった。


 ジャズもクラシックも演歌も歌謡曲もタンゴも、なんでもできた。


 ピアノ、ギター、ペット、サックス、フルートなど多彩な楽器をこなしたが、専門はピアノだったらしい。


 もし、ベートーヴェンのソナタを弾いてくれと言われれば、32曲のソナタのどれでも、すぐに暗譜で弾けたらしい。


 ただ、腕は最高だが、人と関わるのが嫌いで、指図されるのは、なおさら嫌いだった。


 祖父母の代に、外国人の血が入っていたらしいが、詳しい説明は、兄弟二人には、まったくしなかったという。


 結局、旅から旅への生活に疲れ、喧嘩が絶えず、やがては、お酒におぼれ、いつしか、この世からいなくなった。


 その最後は、この二人には、知らされてさえいない。


 だから、実家と言っても、育ててくれた親戚の残した家である。


 

 ハシラーは、突然現れた。


 まったく、前触れもなかった。


 東シナ海で、海上に大きな、角らしきものが見えた。


 という、漁船からの報告が1件、事後にあった。


 あと、太平洋上を飛行していた気象観測機が、なんだかわからない、巨大な生き物らしきを捉えたという話が、これも事後に現れた。


 兄のやまさんは、やはり九州沖で、自前の海中探索機に、おかしな物体がいるのを、自ら観測していたが、その正体は、まだ、よく分からなかった。


 しかし、そのことは、大変気になっていたし、久しぶりに会った弟と、お茶で乾杯しながら、そのことを話していた最中だった。


 「でだ、そいつ、生き物だと思った訳。動き方に意志が感じられたしな。」


 「じゃあ、古代恐竜の生き残りとか。」


 弟は、そのくらいのレベルの頭である。


 「まあ、絶対ないとは、今の時点では言い切れないよ。しかし、くびが長い訳でもなく、ティラノ・サウルスみたいのでもない。あえて言えば、かばの化け物みたいなものだ。もっと、どんみりとした感じで、角がある。二本ね。」


 「おおかた、潜水艦じゃない?防衛隊の新兵器とか?」


 「なんだ?、そんな情報があるの?」


 「ぼくみたいな、したっぱの、したっぱに、情報が来るわけがない。」


 「いいや、そうじゃない。事実の噂というものは、下っ端から出るものだ。」


 「あそ。でも、そんな話は聞いてない。」


 「ふん。ま、政府はよくわからん。」


 「そうそう。」



 兄は、結婚したばかりで、娘さんは、奥様のお腹の中であった。


  テレビには、奇麗なレース編みの帽子が、丁寧に掛けられていた。


 むかしは、みな、そうだったのだ。 


 漫才を放送していた、その、座敷の白黒テレビが、急にちかちかしだしたので、兄が、その胴体をひっぱたいた。


 昔のテレビは、こうすると直ることが、わりとあったのである。



 それにしても、この35年間の技術進歩は、いささか、異常なくらいである。


 空中自動車の専用道路まで出来てしまった。


 兄は、やがて、おかしいと思うようになっていったのである。


 自然な発展だとは、どうも、思えないから。


 なにかが、介入しているような、おかしな気がしたのである。


 それは、まだ、かなり、先の話だが。




 突然、テレビの場面が切り替わった。


 『臨時ニュースを、申しあげます。』


 「なんだ、また、戦争か?」


 おせんべいをかじりながら、兄のやまさんがつぶやいた。


 「下関の海上に、巨大な生き物が出現し、防衛隊が攻撃を始めたとのことで、あります。」


 「なんだ、すぐそばじゃないか。」


 兄は、ふすまを開け、それから、縁側の外側の窓を、がたがたと開けた。


 『どっかああん~~~~~~!』


 少し遠くからのような感じだが、大玉の花火みたいな爆発音がした。 


 「おう、たしかに、音がする。やっぱ、戦争じゃないか。」


 兄は、そう言った。


 それから、空襲警報の時のような、サイレンが鳴り出した。





   ************   ***************   



                           つづく 🦕





 
















  

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