『大海獣ハシラー』 中編その1
『この情報は、当時、あまり国民には知らされていません。』
官房長官が述べた。
『なぜかね?』
労働大臣が、不思議そうに尋ねた。
『首相の指示です。あなたのお父さん。』
『あ・・・そ。』
『しかし、この資料でさえ、必ずしも十分なものではないだろう。特に、こいつはいったい、どこから来たのか? なにものなのか? 第一、どうやって、退散させたのか? この最終報告でみると、『出生は不明。防衛隊の砲火によって、疲労し、傷ついたため、自ら、撤退したのだろう。行く先は不明。』。とあるが。しかし、一方、防衛隊の内部資料では『傷を負わせることさえも、出来ていない。』とある。』
大蔵財務大臣である。
『防衛隊の内部文書は、この程度? もっと機密事項の書いてある資料が、あるんじゃないの?』
壁のスクリーンには、中継映像と、35年前に録られた映像が、並んで映っていた。
35年前の映像は、まさに『怪獣映画』さながらの『戦争』だった。
『それが、これしか出て来んかったばい。我々が政権取って、間がないですからな。キャリアどもが、素直に出さんばい。』
首相が声を荒げた。
『出させろ。あんたの権限だ。』
『首相からも、ぜひ、押してほしい。』
国民健康大臣が割り込んだ。
『あのですね、この当時に、直接かかわっていた人は、ここにはいらしゃらないの? それに、あたくし思いますに、こういう事態なら、前政権にも協力を依頼しなければ。それも、早く。すぐに、』
『みな、我々は、原野から立ち上がった若い連中ですよ、あなたも含めてね。大臣。まあ、前長期超老人政権を、我々が、転覆させたのですぞ。連中は、怨み以外には持たない、プチ・ギャングみたいな連中だ。まあ、たしかに、あの『太陽党』の長老たちには、知ってる人が、きっといますよ。きっとね。たとえば、あの、元防衛長官とか。間違いなく、知ってる。その時期には、防衛大臣だったもの。まあ、首相、聞くくらい、いいじゃないですか。政策問題じゃない。協力しますよ、多分。』
官房長官である。
『やつらの手は、絶対に、借りたくない。それみろ、何にも出来ないじゃないかあ! とヤジられるだけだ。とくに、あいつは嫌いだ。それより、官僚には、いないのか?』
首相が、いじいじと尋ねた。
『いやあ、いるはずですがね。しかし、噂に聞くところでは、当時の今は亡きその『首相』が、ある『スぺシャリスト』に、極秘に任せたらしいとか、いいますな。あなた、何か、お父上から、聞いてないの?』
官房長官である。
『いやあ、父とは、喧嘩以外は、した覚えがない。その、『スペシャリスト』ってのも、なんだろう? 聞いたことないですな。あ、そうだ、そういえば、亡くなる、すぐ前に、あの怪物も、おれと、道連れにしたい。いっしょに、墓までつれこんでやろう、とか、うわごとで言ってた。だいぶ、ぼけてたから、あまり、気にもしなかったけど。』
『はあ。そりゃ、惜しいことですな。親子の断絶が、重要な手がかりを消しましたかな。いや、失礼。たしか、私が聞いたうわさ、では、当時、若手の水産研究者で、『地球大學日本校』の助教授だったはずの男がいたとか。天才と呼ばれたらしい。しかし、ぼくが聞いてるそのうわさでは、大学に、資料も残されていないらしいですな。存在自体を、消されたようですな。あなたの、お父様が指示したらしい、とかね。それが、『スペシャリスト』、ではないか、と。』
『で、実際、いまは、いずこにいらっしゃいますの?』
『はあ。それが、またく、謎でして。その、別のうわさでは、当時の内閣が、この事件に関して、なぜか、秘密の隠ぺいを図ったらしく、その人は、国内追放されたらしい。その後は、誰も行方を探したこともない。ああ、兄弟がいたようです。出来の良くない弟さんが、内務省の、ノンキャリで、しこしこ勤務していたらしいとは、聞きましたが。役立たずだったとは。まったく、無名ですよ。』
『そりゃあ、だれかね? 無名って、名前はあるだろ。』
『まあ、しがない、ノンキャリですから、河原の石みたいなもんなんでね。最後は、それでも、たいがい、地方の幹部で出て、最後ちょっと本省にもどって、おしまいになったんでしょう。』
『すぐに、さがせ。自分の兄の居所なら、知ってるだろ。』
『あい。すぐに。』
スクリーンには、海峡部で、くるくると輪を描いて、楽しそう泳ぐ『ハシラー』の姿が、明るいサーチライトの中に、黒く浮かんでいた。
長い、不気味な角状器官が、やたらに目立つが、それは、時々、鈍く白い光を、放つのであった。
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やまさんは、中継をカーモニターで流しながら、現場に向けていそいだ。
とはいっても、やまさんは、『ひと』である。
体内にステントがあるために、やたら、トイレが近い。
35年前は、そうではなかった。
先の大噴火で、半分崩れてしまった富士山の近くのパーキングエリアで、トイレにゆき、ついでに、お土産を買った。
長らく会っていない兄には、関東でしか売っていない、高級ドリンク剤『おもらしんZ』を
買い、娘さんには、最近人気の『静岡火山パイもち』を買った。
パーキングの施設内でも、ハシラーの中継映像を流しっぱなしだった。
『くそ。まさか、わかって聞いていたとは、思いもしなかったがなあ、あの様子は、あきらかに、待ってる感じだな。あいつ、理解していたのか。』
その時、画面のなかの、ハシラーが、大きな叫び声をあげたのである。
それは、中継でも、はっきりと、聞こえたくらいの、巨大音声だった。
『うアアア……うやあまあさあああはああ〰️〰️‼️ さしいいいい………………うわう‼️』
『怪獣が、鳴きました。なんか、へんな、泣き方です。あれは、この、ハシラーの鳴き声ですか? 教授?』
『あの、長いパイプが、音声の拡大器官ではないか、と、考えることは、可能です。』
『あららら、あいつ、いつのまに、教授になった? ずる賢い、やなやつだ。しかし、いま、たしかに、『やまさん』、と、言ったな。やはり、覚えてたか。こりゃ、たいへん。攻撃しないように、できないかな。準備も必要だ。仕方ない、まずは、兄貴に電話だ。』
そこで、変人漁師宅の電話が、鳴ったのである。
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市長は、現場に飛んだ。
防衛隊は、攻撃する気が、おおあり、とみたのである。
電話では、埒が明かないので、司令官に直談判に来たのだ。
『司令官に、会いたい。当市の市長です。電話、何回もしたんですが。無視されたので。』
『むりです。司令官は、多忙ですから。』
『あそ。じゃ、ここの、電気水道、止めます。あー、もしもし、ぼくだよ、助役さん頼む。』
『ちょっと、待ってください。いま、きいてきますから。』
『あ、わるいねー。お願いいたします。』
それで、市長は、司令官のところに、案内された。
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つづく
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