『小さなお話し』 その32

やましん(テンパー)

『大海獣ハシラー』 前編

『これは、作者の幻想、または、妄想による、フィクションです。』



         🦕



 もう夕方が近いが、首相官邸は、今日はわりと静かな風情であった。


 しかし、その、災いは突然やってきたのである。


『しゅ、首相、出ました❗』


 官房長官が駆け込んできた。


『どしたの、顔色変えて。』


『すぐ、緊急対策本部を立ち上げましょう。怪獣がでました。』


『はあ? 官房長官、いま、何月なの? うそつきだな。きみは。うそは、だめなんだよ。』


『む、うそではない。この、この、映像を見よ‼️』


『な、なんだ。・・・・むむ。特撮か⁉️ これは?』


『下関からの、中継映像です。』   


『でっかいなあ? 縮尺が、いまいち、良くわからない?なんだ、こりゃ⁉️』


 まだ、比較的若い首相も、官房長官も、その正体は、まだ知らなかった。


 たまたま、その時、掃除に入ってきたのは、あす、退職する、役ただずの、ノンキャリの、したっぱ、通称『おそうじおじさん』であった。


 ここんとこ、うつの症状があり、かなり、ぼけぎみで、ほぼ、環境整備が、主な任務である。


 これでも、むかしは、地方で、それなりの、武勇談を作ったこともあったらしいが。


 そのこと自体、もう、ほとんど知られてはいない。


 掃除がてら、退職の挨拶に寄ったのである。


『あんりまー。これは、『ハシラー』だんべ。なんと、35年ぶりだべなあ〰️〰️なんで、また・・・。』


『きみ、『ハシラー』とは、なにか?』


 官房長官が、居丈高に尋ねた。 


『あらあ、長官知らねかったべか?こりは、大海獣、ハシラーだべ。あ、あたくし、あすで、退職です。ごあいさつを。では。・・・・・』


 『おそうじおじさん』は、あわてたように、そそくさと、去っていった。 


『官房長官、なんだかわからんが、指令室に行こう。遅れると、野党がうるさい。資料、早急にあつめて。』


『ここに、いらっしゃいまして、良かったです。このあと、移動でしたね。』


『ああ、山口府知事から、呼ばれててね。ま、たいした用事ではないから。でも、こいつは、じゃまものだな。』



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 そのころ、もう、地元は、大騒ぎになっていたのである。


 そりゃあそうだろう。


 体長約30メートル、体高約20メートル。


 ずんぐり、むっくりの巨体だが、その背中からは、二本の長く頑丈そうな角みたいなものが、体の前方に向かって、にゅきっと生えており、これで串刺しにされたら、いかな象さんでも、ソーセージみたいな感じになりそうだった。


 地元対策本部の本部長は、当然ながら、ウルトラ・キャリアの、まだ30台の官僚である。


 こんなのが、実際に出てくるなんて、もちろん、考えてもいなかった。


 それは、無理もない。


 『なんだ、こいつは?』


 現場近くの高台から、あきれながら彼は側近に尋ねた。


 『これは、・・・伝説の怪獣『ハシラー』かと、思います。』


 『ハシラー? なんだ? あれで、玉突きでもするのか?』


 『ぱちぱちぱち。さすが、本部長、お目が高い。さすがは、将来の、次官候補ですなあ。いやあ、実は、よくわからんとですよお。35年前に出現し、このあたりに大規模な災害を引き起こしました。しかし、三日三晩、暴れ回った挙句、最後の夜は、山の向こう側にしゃがみ込み、そのあと、少し眠った末、消えました。と、いう、もはや、伝説ですな。またく、忽然とよね。消えたと、言われちょり、ます。はい。大陸側に向かったらしいですが、すぐに深海に潜ってしまって、わからなくなった。当時の映像や写真は、報道機関には、ありますでしょうが、さて、公式な資料は、どうでしょうかなあ。私は、探しちょりましたが、結局、見たことがない。廃棄したのかもしれないです。』


 『探せ。すぐに。あんなのに、暴れられては迷惑だ。』


 『もちろんです。』


 『当時とは。こちらの火力も違う。攻撃せよ。』


 『はあ・・・・ただ、攻撃すると、暴れるかも。今は、お風呂に漬かってるみたいに、静かでしょう? あ、ほら、なぜか、せなか、流したりしています。なんか、髪、とかしてる、ような、しぐさ、しちょりますなあ。少し、様子見ませんか?』


 『ばかもん。あそこに、居座られたら、船の往来ができない。経済的損失が、大きくなるばかりだ。海峡の両側の住民は避難。完了したら、直ぐ攻撃だ。追い出せ。できれば、太平洋側に。これ以上の問題は、御免だ。それに、北九州が危険になる。』


 『鹿児島とか、高知なら、よいと? いや。また、瀬戸内海に入ると、やっかいですが。と、思いまして。』


 『ばあかもん。そうじゃない。北側は、下手したら、外交問題にも、なりかねんだろ。瀬戸内は封鎖! 最新型潜水艦『大マシン1号』を呉からすぐ回せ。ダヴィンチ砲も、連れてこい。』


 『は。さすがであります。すばらしい、御洞察度。了解!(嫁さん、逃がさねばあ・・・南に入ったら、やっかいな。それに、ダヴィンチ砲なんか。つかったら、へたしたら、国内州間大戦争になる。かも?)』



   ************  🦕  ************



 『市長、防衛隊は、攻撃するつもりらしいす。戦車とか、見たことないような武器が、高速を封鎖して、岩国から、こっちに向かっちょるようです。』


 『ううん・・・政府のすることは、よくわからない。しかし、言い伝えでは、攻撃したことで、かえって、怒らせてしまったと言われるしな。様子見るように、進言しなさい。知事は?州首相は?』


 『なんか、知事は、今夜、両首相と密会するつもりだったらしいですな。うわさですがね。まあ、こっちに来るち、連絡があったそうな。広島は、まだ、動かんです。連邦が指示出さないと。』


 『そうかい。なあ、つうさん。たしか、35年前に、若い内務省の、ノンキャリ役人といっしょに、『ハシラー』に説得したとかよなあ、そんなうわさのあった、漁師さんが、おったがよねぇ。』


 『ああ、はいー、あの、もう、変人で名高かった人ですな。話は聞ききましたが。さて、どうかなあ。』


 『生きていらっしゃるかい?』


 『さあて、なんとか、連絡してみましょう。まだ、同じ場所におるかどうかは、わからんですよ。』


 『たのむ。こういことは、地元でないと、できないきねぇ。』


 『あい。知事さんが、よけいなこと、やらなきゃいいですなあ。』


 『ま、そこは、心配してもしょうがないけに。せわないせわない。』


 『市長は、今治でしたな。いろいろ、まじってる?』


 『うん。松山にもいた。パリにもいた。アントワープにもおった。ユバスキュラにも、1年いた。そういえば、彼も、もとは、今治だからなあ。婿養子、だったとか。いじめがあったとか。まあ、むかしのことですなあ。ふんふん。』


 『はあ、いやあ、・・・おそれいります。市長、実は、その人と、なんかしい、近い関係があるんじゃないすか? あ、いや。ははははは・・・、連絡してきます。』



  ************   ************



 『とうちゃん。ハシラーが出たらしいよ。』


 『そうか。』


 『そうか・・・って、ずいぶん、冷静ね。』


 『おりゃあ、いつも、冷静沈着。ストエッちゃー司令官とおなじじゃけに。』


 『なんだそりゃあ? 『謎の円盤』とかか? とうちゃん、あいつの扱い方、じつは、知ってるんだろ?』


 『しらん。なもん。むかしのことじゃけに。』


 『ふうん・・・・あたしが、東京行ってる間、ずいぶん、大人しくはなったけど。あい変わらず、人付き合いは、きらいね。』


 『さかなは、噛んでも、文句はいわん。ひとは、うるさい。きらいだ。金もかかる。やっかいなだけだ。漱石先生も、そう、おっしゃった。』


 『え、会ったこと、あるの? まあ、それじゃあ、漁協も手を焼いちょるとか、無理ないわ。』


 『おまえ、組合長と、なんか話してたろ。なんだ?』


 『ほら、新しい事業するのに、協力してほしいって。工場建てるのに、少し土地を・・・』


 『ぶわっかもん。ぜー~~たい。やだ。いまさら、仲良くできるかあ。あれだけ、邪険に扱っとって。なにを、いまさら。』


 『はあ、とうちゃん、あんた、それで、大学出だろ。おまけに、水産関係の博士号までもってる。箪笥に入ってるの見たわ。』


 『あんなもん、捨てた。』


 『捨てるもんじゃないわ。ね、世間と仲良くしないと、困るよ。死んだかあちゃんが、また、泣くわよ。』


 『うるせえ。お前がいれば、それでいいっちゃよ。もう、寝ろ。』


 『ば~~か。勉強よ。試験近いし。あらら、電話だわ。まあ、めずらし。』



  ************   ************

 


『首相、現場の玄蕃指令から、現在住民の避難中で、終了ししだい、攻撃したい、と、許可を求めて来ております。


 ただし、怪獣が先に不穏な動きをしたら、攻撃すると。


 また、例の、秘密兵器、『ダヴィンチ砲』を使いたい。すでに、岩国からは搬出したと。』


『またまた、かってにやりやがって。まあ、良い。許可する。』


『はっ!』


『まあ、まだ、あまり、周辺国には、見せたくないがな。ほほほ。』



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 おそうじおじさん、こと、『やまさん』は、ぶつぶつ言いながら、自分の担当課長のところに駆け込んだ。


『課長。すみませんが。急遽、あすは、残っていた、有給にしたい、です。緊急事態でありまして、わたくし、山口に、病弱な親族がおりまして。救出に行かなくてはなりません。』


『そりゃ、有給取るのは妨げないが。挨拶は、いいのですか?』


『ま、大体は。』


 やまさんは、体調が良くないことを承知の課長は、それ以上、言う気はなかったのである。


『しかし、高速も広島の端で閉鎖だ。ゆけるのですか?』


『まあ、道は、自分の庭くらい、わかってますから。』


『どなたが、いらっしゃいますのか?失礼ながら。』


『兄です。』


『そうですか。わかりました。いや、長い間、ご苦労様でした。』


『ありがとうございます。最後は、いささか、惨めでしたが。仕方がない。』


『ああ、落ちついたら、来てくださいよ。あ、係長、たしか、もう、あるの?』


『はい。では、儀式を。』


 美人の係長から、花束が渡された。


 ほかは、だれも、いない。


『お元気で。』


『ども。』


 やまさんは、係長ひとりに、裏口まで見送られた。


 それから、今日は、特に車で来ていたことに感謝した。


『しまった、しまった。すっかり、わすれてた。そうだ、35年なんだ。ああ、たのむから、待ってくれ。あ、電話しなきゃ。』


 やまさんは、もう、そうとう、ぼろだが、さまざまな、機能を搭載した、自称『ぶりっこカー』を始動させた。


 下関は、遠すぎるが、それでも、今は高速空中カーなら、ぼろでも、時速250キロは出せる。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


              つづく


 


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