第100話 ベトナム人彼女の姪に新しいお父さんができた

 日本人男性の私とベトナム人女性のトゥイはホーチミンのアパートで生活していた。一方、トゥイの実家のベンチェではトゥイの母親、妹、妹の娘の4歳になるタムちゃんが暮らしている。


 妹と別れた元旦那さんや両親は、めっきりタムちゃんに会いにトゥイの実家にやってくることはなくなったそうである。時の流れとはそんなものなのかもしれない。


 そんなある日、トゥイの実家に妹の元旦那さんの親戚がやってきた。親戚はタムちゃんに向かって話しかけたそうだ。


元旦那の親戚:お父さんおぼえているか?


タムちゃん:もう忘れた


元旦那の親戚:おぼえていないの?


タムちゃん:うん、でも、もう新しいお父さんいるよ


 このタムちゃんの発言に元旦那さんの親戚はびっくりしたそうだ。もちろんトゥイの母親と妹もびっくりした。慌ててトゥイの母親は私のことを説明したそうなのだが、タムちゃんにとっての新しいお父さんは何を隠そう私なのである。


 タムちゃんは生まれた時から父親に遊んでもらったことがあまりないらしかった。察するにいろんな事情があったのだと思う。


 だからなのだろうか。私がベンチェにやってくるとタムちゃんはとても喜んでくれて、いっしょに遊ぼう、遊ぼうと強引に手を引っぱってくる。そして、結局パソコン作業を中断して遊ぶことになる。知らないうちに私はタムちゃんの父親代わりをしていたのかもしれない。


 タムちゃんがゲームセンターに行きたい。遊園地に行きたい。ケーキを食べたい、ドラえもんの絵を描いてと言えば、なるべくその願いを叶えるようにしてきた。


 私も幼児だからこそできる嘘偽りのない喜怒哀楽のタムちゃんの姿を見て、こういうことで子供って喜んでくれるんだなぁと感じることができた。タムちゃんはまだ幼かったということもあるけれど、本当の父親のことは忘れてしまった。


 よく女性は新しい彼氏ができると元彼のことはリセットされて忘れてしまうと言われているけれど、それは彼氏だけではなく、父親に関しても言えるのかもしれない。

※ただし、父親に関しては幼少時に限るかもしれないが。


 私は元旦那さんの親戚とタムちゃんのやり取りの話をトゥイから聞いた際、新しいお父さんがいる発言をしたタムちゃんがよっぽどおかしかったのだろう。トゥイは笑いながら話してくれた。


 そう言えば、こんな話を聞いたことがある。人は本当に忘れてしまいたいことは忘れてしまえる生き物なのである。私にしても、忘れてしまいたいことは時間を経て忘れてしまっている。


 例え何かの拍子に思い出すことがあったとしても、そんなことがあったよねぐらいの軽い感じである。心の傷の一番の特効薬は忘れることなのかもしれない。

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