第21話 さびれた庭の小さな祠
少し考え込んでいたあかりが呟いた。
「ハクとメツ、両方を封じることってできるかしら」
「それは無理じゃろうな。縄張り争いは相手が死ぬまで続くからのぉ。その際に共倒れになるのを願うばかりじゃ。共喰いの輩じゃしな。おお、そうじゃった!」
トキがポンと手を叩いた。
「一つ朗報じゃ。テンが現れるかもしれん」
「テン?」
「わしらはそう呼んでいる。わしの仲間が昨日の夜、テンの気配を感じたと言っておった。そう、あのテンがな……」
トキの目が暗い光を湛えた。
一瞬、凍えるような冷気すら感じた。
「妖精・妖魔を狩り喰らうもの、それがテンじゃ。ハクのような夢喰いを捕食する、絶対的強者なのじゃ。最近の若い奴らはナイトメア・プレデターなんぞと呼んでおる……」
「ナイトメア・プレデター……」
タケルとあかりが顔を見合わせた。
何がどう朗報なのか良く解らない。あかりは声を潜めて肩に乗ったトキに問いかける。
「捕食者……ね。そのテンも妖精の一種なの?」
「違う。もっと別の次元の存在じゃ……。そう、ハクもメツも、テンから見ればただの餌じゃな」
「まるで食物連鎖ね」
「その通り! プランクトンとイワシと漁師みたいなもんじゃな。プランクトンが人間で、イワシが妖精、漁師がテンじゃ」
人間はプランクトン扱いかよと心の中で突っ込むが、妙に納得する説明だった。こんな弱肉強食が存在していたなんて全く知らなかったが、人間が万物の霊長だとか、食物連鎖の頂点だとか、おこがましい考えだったのかもしれない。
「なるほどな……って言っても、ハクなんか全然イワシみたいにか弱くなねぇじゃん……。どっちかっていうと鮫って感じで」
例えはともかく、テンがハクや他の夢魔を捕食してくれるなら、確かにその出現は朗報である。どうかさっさと喰って欲しいものだと、心から思うタケルだった。
*
「ここよ」
あかりが言った。
古い土壁はいたるところにヒビが入り、ところどころ表面の土が落ちてしまっていた。その土壁に囲われた家も、相当に年季の入った日本家屋だった。植木は手入れされていないようで、伸び放題に自由に成長している。
長年の風雨に晒されてすっかり退色した引き戸の横に、文字のかすれた表札がかかっていた。
扉を開けたあかりに、中に入るように促された。
「トキ、また後でな」
結界に阻まれ、トキは中に入ることができない。だから外で待つことになっている。軽く振り返ってタケルは付け足した。
「もしもハクが来たらでっかい声で教えろよ」
「ああぁ? ……うむ、まあ一応はな」
トキの面倒くさそうな返事に文句を言おうとしたタケルだったが、あかりに制されてしまった。
「よろしくお願いね」
「もちろんじゃとも!」
相手によって態度を使い分けるとは、なんてヤツだと舌を打ちつつ、あかりに続いてタケルも扉をくぐった。
「お化け屋敷みたいでしょ。古い家だし、庭も手入れしてないから」
広い庭だった。石畳が正面にある母屋に続き、その右手に小山のように茂ったあじさいが、まだ花をつけていた。
あじさいの奥に小さな祠が見える。外から、想像したよりも奥行きのある庭だった。
「いや、すげーよ。俺んちなんか、2LDKの狭いマンションだもんな。お前、お嬢様だったんだな」
「違うわよ。落ちぶれてるっていったでしょ。ムダに広いから税金も大変なんだから」
この広い家に、あかりは祖母と二人で暮らしているという。心細くはないのだろうか。
あかりの後姿が、急に儚げに見えた。
「ここから始まったの」
あかりは祠の前まで来て、言った。
一辺が一メートル程度の正方形の平べったい岩を土台にして、高さ七十センチ程の切妻屋根の古びた祠があった。観音開きの扉は片方が外れて、立てかけてある。
トキの命令にしたがって、ハクが封じられていたこの祠に何か隠されていないか、確認する。
タケルは辛うじてまた付いているもう片方の扉を恐る恐る開けて中を覗いたが、割れた円盤状の金属があるばかりだった。
「以前はこの銅鏡が祀られていたわ。もちろんその頃は割れてなかったけど」
割れて二つになった銅鏡の奥に、銀箔が施された木片があった。その虫食いの激しい木片は、元は木箱だったという。
あかりは幼いころに興味本位で、祠の扉を開けて中を覗いたことがあったそうだ。その時、壊れる前の木箱を見たのだ。その木箱は鎖で何重にも巻かれていたが、錆びて朽ちかけていた。お札のようなものも張ってあった。
何が入っているのかとても気になって、開けたいという誘惑にかられたらしいが、さすがにこれは触ってはいけないと思い留まったと言う。
ある夜、あかり縁側で一人、月を眺めていた。雲一つない、満月がとても美しい夜だった。
と、突然グラグラとあかりの身体が揺さぶられた。ミシミシと古い家が音を立てて揺れている。地震だ。
とても驚いていたが、怖くはなかった。大した揺れではなかったし、地震はすぐに治まったからだ。
だが、地震など怖がったことのないあかりだったのに、急にガタガタと震えはじめた。祠からバシンと大きな音が響いたあと、空気が凍り付いたようにあたりが静まり返ってしまったからだ。
白い靄が、祠のあらゆる隙間から滲み出してきていたのだ。まるで無数の小ヘビが這い出しているような、禍々しい靄だ。
恐らく銀が施されていた古いの縛めの鎖が、地震の揺れでついに朽ちてしまったのだろう。
それが、ハクが解き放たれた瞬間だった。
「どのくらい眠っていたのか知らないけど、かなり餓えていたんでしょうね。私を見つけた途端、飛びついてきたわ。何をされたのかその時は分からなかったけど、悪果を食べられちゃったのよ」
タケルはあかりを振り返った。
青白い顔でタケルを見つめ返してくる。何かを訴えかけているようにも感じた。
タケルは、何と言っていいのか解らなかった。
タケルは縁側に座り、ぼんやりとあじさいを眺めた。
日が傾き薄暗くなってきている。風もほんの少し涼やかになっていた。
祠の中には割れた鏡の他に何もなかった。昔、ハクを封じた人に繋がる情報がどこかに隠されてないかと、祠の内面を隅々まで見たが変わったものはない。もしや、祠全体がからくり箱のような仕掛けが施されているかもと、色々押したり引いたりもしてみたが、壊れそうになっただけだった。
周りも探ってみたが、これといって不審なものも無く、調査は不発に終わった。
「あとは地面のしたでも調べてみる?」
「そうだな、岩どけて掘り起こしてみるか。重機、用意するよ……って無理だって」
隣に座るあかりは何も言わず、静かに髪をかきあげ耳にかけただけだった。
風鈴が、チリリンと揺れる。清涼感のある音が穏やかに耳に響く。草の匂いのする庭を眺めていると、不思議とタケルの焦燥感や恐怖心が薄められてゆくようだった。
心地良い風が吹いて、また風鈴がチリリとなった。
「おや? あかり。お友達かい?」
振り返ると、白髪の小柄なお婆さんが立っていた。
「あれ、おばあちゃん。出かけたんじゃなかったの?」
「いえねえ。忘れ物をしちゃってね。せっかく舞台を見に行くっていうのに、メガネを置いてきちゃんうんだから」
そう言って、あかりの祖母はにこりと微笑んだ。笑うと、目が糸のようになって垂れ下がった。優しい顔だった。
祖母は、部屋の棚においてあった封筒の持ってくるとあかりに差し出した。
「お前に手紙だよ。さっき家を出る前に届いてね……。さ、私はもう一度行ってきましょうかね」
「おばあちゃん。暗くなってきたし送っていこうか?」
「大丈夫よ、あかり。せっかく
いたずらっぽくホホホと笑う老婦人と目が合い、途端にタケルの頬が熱くなった。
「もう、おばあちゃんたら」
「あ、そうそうこれ頂いたの。お祭りの福引券ですって。良かったら今から二人でいってらっしゃいな」
祖母は、かばんから福引券を取り出しあかりに渡し、あかりにウインクする。
ますますタケルの頬が熱くなった。いや、そんなんじゃないから、とここは言うべきなのか否かと迷っているうちに、祖母はメガネをかばんに仕舞ってさっさと出かけてしまった。
急にあかりが大きな声でしゃべり始めた。
「やあねえ、駅前フェスティバルは明日なのに。おばあちゃん、老人会のイベントで観劇会なんですって。久しぶりのお出かけだからはしゃいじゃってるのよ」
祖母の冷やかしを、懸命にごまかしているようだ。横目であかりを覗きみると、彼女の頬もほんのり色づいていた。
タケルは急に、二人きりだということを意識し始めてしまった。
が、チラチラと彼女を盗み見ていると、みるみるうちにあかりの顔色が変わってゆくのに気づいた。
祖母に渡された封筒の差出人を見て固まっているのだ。
そして封筒を持つ手が細かく震えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます