第20話 二匹目の妖精

 タケルは待ち合わせをしたファストフード店で、窓際の席に座り三杯目のコーラを飲んでいた。

 イライラと乱暴にテーブルに紙コップを置く。トキの真横だった。


「これ! 何をする!」


 はずみで転がったトキがキーキーと喚いた。

 けたたましい笑い声や、子どもの甲高いおしゃべり、あたりかまわず大声で電話する声。そんなものに取り囲まれ、BGMすらよく聞こえない。

 イライラと不安が募るばかりだ。タケルは、不貞腐れた顔でトキを見もせずに尋ねる。


「なんか、情報があるんだろ。さっさと言えよ」


 トキはトキで、このタケルの態度に腹を立てていた。


「それが人に物を頼む態度か!」

「あんた、人じゃねーし。全然、助けに来なかったし」


 ケッと悪態をつく。

 タケルは窓の外にあかりの姿を探した。まだ来ない。


「まだ言うとるのか。じゃから、遅くなったのは悪かったと言っただろうが。全く細かいことにいつまでもこだわりおって」

「何が細かいだ!!」

「し! 声がでかいわ! たわけ」


 命にかかわることを、細かいことなど言ってもらっては困るというのに、トキは黙れとタケルの手を踏みつけた。

 そんなの痛くも痒くもないと払いのけるタケルの腕を、小さな妖精は更に蹴りつける。


「わしは、ぬしたちがハクに喰い殺されることは無いと踏んどったんじゃ。見捨てようとしたんじゃないわい」

「なんで解る」

「ぬしにはまだ使い道があるし、嬢ちゃんは……」


 今聞き捨てならない言葉を聞いた。

 威張りくさった口調のトキを睨みつける。極力、小声で言った自分を褒めてやりたい。


「つ、使い道ってなんだよ」

見える・ ・ ・人間じゃもの。つい先ほど体験してきたじゃろう、交渉やら取り引きやらで利用できる。見えぬ人間は餌でしかないが、ぬしは道具にできるというわけじゃ」

「…………道具かよ。瀧本は?」

「嬢ちゃんも見える人間じゃしな。しかもアヤツのお気に入りじゃ。八年もちびちびと喰っとったんじゃ。殺す気がないのは確かじゃ。もしかしたら、惚れとるのかもしれんのお。なかなかの美人じゃし」


 トキはケケッと笑う。うかうかしているとあかりを盗られるぞ、いや目をつけたのはあちらが先か、などと勝手なことをつぶやいている。

 惚れる? あのハクが?


「化物のくせに人間に?」

「なに、珍しいことではないぞ。時折、人間と妖精が恋に落ちハーフが生まれることもある。最近は少ないがな」

「げ!」


 タケルは露骨にイヤな顔をした。あんな異形どもと恋に落ちる人間がいるなんて、まったく信じられない。

 それにしても、ハクがあかりに気があるかもしれない、とは聞き捨てならない。しかも、あかり自身ハクをストーカーだと言っていた。

 とんでもない話だ。絶対に、二度とあかりに近づけてはならない。


――俺が守らなきゃ……


「どっちかと言えば、あの嬢ちゃんがぬしを守っとるのに、ぬしに守れるはず無いじゃろう。何を勘違いしておる。愚か者め」


 思い切り上げ足をとってから、トキは大仰にため息をついた。


「それにしてもアヤツめ、えげつなくがっついたものよ。それに、感じるかの? そこら中の空気がピリピリしておる。今も、どこぞで悪果を喰っとるかもしれんなぁ」

「さっきみたいにか? 何人も殺されてるっていうのか?」


 タケルは塵になった男を思い浮かべ、顔をしかめた。

 あんなことが、今この瞬間にも繰り返されていると言うのだろうか。

 再び、後悔の念が襲う。男を見捨ててしまったことも、ハクを解放したことも、胸の重しににしかならない。


「いや、あそこまでの喰い方はするまい。極限の空腹は治まったじゃろうし。つまみ食いといったところじゃろう。嬢ちゃんのように寿命が縮むことはあるじゃろうがな」

「本当に殺されたりしないのか?」

「まあ、喰われ方によっては心神喪失、廃人、というのはあるかもな。派手に喰われれば、中には自殺する者もおるかもしれん」

「何のために解放したかわかんねーじゃないか。くそ……」


 タケルは拳を握った。

 あの男の大量殺人を防いでも、事態は好転したわけではないのだ。そして、そうと予想はしつつも、あかりの為になるのでは無いかと一縷の望みをかけたのは自分だ。罪悪感が胸に重い。

 トキは、それを見上げてひげを撫でている。


「ふむ。考え方しだいじゃな。妖精なんぞ誰にも見えん。いくら不可解な精神錯乱が増えたり不審な死があっても、個々の事案を一本の糸で結びつけて考えることは不可能じゃろう。ハクの仕業だと知ることができる人間は、ぬしと嬢ちゃんだけ。大方の人間は何も知らずに日常を過ごすことじゃろう。じゃが、人間が犯す大量殺人事件は、世間を大いに騒がすこと間違いなしじゃ。……そう、悲観するな。ぬしは間違ってはいなかったと、わしは思うぞ」


 まあまあと言うように、小さな手で拳を叩いた。

 たわけだの愚か者だの散々な呼び様をするくせに、トキは少々苦しい理由をつけてタケルの肩を持った。

 タケルが気軽に言い争いできるのも、トキのこの優しさのようなものを感じ取っているからなのかもしれない。

 でも、いくら間違っていないと言われても、今は素直に受け入れることはできなかった。


「そんなこと、なんの慰めにもならねえ。人が死ぬことに違いはないだろう。オレが卒業した中学で自殺が相次いで起きてるんだ。ヤツのしわざだったのか?」

「どうじゃろうなあ」

「あの塚本ってやつも、変だ」

「確かにの。アヤツも見えるタイプのようじゃしな」


 その時、コツコツと窓を叩く音がした。

 あかりが外に立っていた。





「なるほどのお。もう一匹はメツというのか」


 トキはちゃっかりあかりの肩に乗ってふむふむと頷いた。

 今、三人はあかりの家に向かって歩いている。

 ファストフード店であかりと合流し、塚本との話を一通り聞いた後、トキは前にも言ったように祠を調べた方がいいと言いだしたのだ。

 いつ封じられたのかは分からないが、ハクが長い間眠っていた祠だ。再び封じる為のヒントが、何かあるのではないかと言うのだ。

 そしてあかりの家に向かう道々、トキは今日調べてきたことは話しはじめた。


「実はもう一匹、ハクと同種の妖精の匂いには気づいておったのじゃ」


 今日は、それを確かめに行っていたそうだ。恐らくその匂いの主がメツなのだろう。

 トキの報告によると、メツの匂いの範囲から察するにそのテリトリーは、なんとハクのと八割方重なっているということだった。


「ヤツら、餌の奪い合いをしとったんじゃろうなあ。……ここからはわしの想像じゃが、メツはまだまだ年若いひよっこの身ではなかろうかの。ハクが封じられていた間はヤツの匂いが消失していて、誰もおらんと思ってメツはここをテリトリーにしたんじゃろう。でなければ、こんなにも重なるとは思えん」

「妖精って土地に縛られるって言ってたよな。一旦、ここって決めたら一生動けないのか?」


 タケルが尋ねると、その通り! とトキはビシっと親指を立てる。


「狭い場所に二匹の妖精。お互いが邪魔で仕方ないじゃろうなあ。よく今まで直接争わなかったもんじゃが、年の功だけあってハクがいなしておったか、メツが下手にでていたのかもしれんの」

「でも、今後も争わないとは限らないでしょう?」


 今度はあかりが尋ねる。途端に「そうなのじゃ、そうなのじゃよぉ」と、トキは猫なで声になる。

 ハクからすれば、メツは後からやってきてテリトリーを横取りする盗人だし、メツからすれば、ハクは自分のテリトリーの中でこっそり隠れていた邪魔者だ。

 縄張り争いになるのは必至だったのだ。


「今までちびっ子のなりをしておったハクのヤツめが、本来の力を取り戻してしまったからのう。メツは焦っておるやもしれん」


 それにメツは既にハクに対抗する力を蓄えている最中だったのではないかと付け加える。その為に、現在は利害の一致した塚本を利用して、悪果を貪り食っているのではないかと。

 タケルとあかりは、はっと目を見合わせた。

 近いうちに二匹の対決が起こるのではないかと、不安になるのだった。



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