第8話 席替え
2階の隅の部屋に、顔の綺麗なおばあ様が住んでいました。
しかし、その方はほとんど体を起こさず、そして全介助だったため、部屋から出ることはほとんどありませんでした。
職員と話をすることもあまりなく、静かに過ごしていたおばあ様はS子さんといいます。
そんな大人しい方でしたが、月に2回、訪問カフェが施設にやってくるときは、旦那さんが面会にやってきて、一緒にコーヒーを飲んでいました。
私はその人は「私なんてもう長くないのよ」とマイナスな発言があった事を覚えています。
確かに、自分で歩くこともできず、起きることもできず、排泄もオムツを使用して、「なんでこんなになってまで生きていなくちゃいけないのか」と、私なら感じてしまうかもしれません。
それでも、その人の部屋にはよく娘さんも来ていて、可愛らしいひざ掛けや洋服が部屋には置いてありました。
ある時に、食事をとるダイニングで大規模な席替えがありました。
するとS子さんは今まで話をしたことも無い人たちと同じテーブルになりました。
そのテーブルは、割と自立している方々の座る席で、お話をしているのを聞いている限り「マダム」って雰囲気の方々です。
お話好きが多く、お洋服もお洒落です。色つきのグラスのメガネをかけていたり、小物や手提げにも気を使っているおばあ様が集まるテーブルでした。
「S子さんはお顔が綺麗ね」
「小顔で美人さんだわ〜」
そんなふうに話していたのを覚えています。
その方々は音楽療法や体操には熱心に参加していて、職員とも気兼ねなく話してくださいます。
だからでしょうか。
S子さんに変化がありました。
「音楽(療法)に連れて行ってください」
そんなナースコールが鳴りました。
またある時には
「ママがお洋服持ってきてと言ってたので、持ってきました。食事の時、皆さんオシャレだから着たいんですって。」
と、娘さんからお話を聞きました。
私はとても嬉しかったのを覚えています。
そんなS子さんは、年齢や持病のこともあって亡くなってしまいましたが、施設で過ごした少しの時間でも、お洒落したりお話をすることができて、私は嬉しかったです。
いつもそんなお手伝いだけが出来たら、介護にやりがいを感じられるのに。なんて思います。
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