第7話 急に思い出す


「そういえば、こんな歌あったよ」


お風呂介助の最中で、急にMさんはそう言いました。

そう言って歌い出したのは、『アリラン』と言う曲

それは朝鮮の歌で、私は小学生の時に「世界の音楽を聞いてみよう」みたいな感じで教わったようなきがします。


「子供の頃ね、近所に朝鮮の人が住んでたのかしらね、ほら、昔日本には沢山の朝鮮の人が住んでいたでしょ?」


と何だか不思議そうな顔で言いました。


このMさん、認知症はほとんどなく、年相応の物忘れはあるものの、しっかりとしたおばあ様です。

毎日髪の毛は綺麗に結われていて、口紅を塗って、きっと若い頃はイケイケなお姉さんだったんだろうな、なんて思います。


「あとね、中国語も知ってるのよ。昔よく聞いたの。近所に中国の人がいたから。」


そう言って、「イー、アァー、サン・・・」と中国語の数字の読み方を話だしました。

そのあと、急に笑いだしました。


「あたしったらなんでこんなこと覚えているのかしら!習ったわけでもないはずなのにおかしいわね〜!それも急に!」


ケラケラと笑い出すMさんは、御年93歳。

元気すぎるくらい元気です。


Mさんは、ずっと独身で、定年までは新聞社に勤めていたと聞きました。いつもその時の話はお聞きしていました。

若い人や俳優なんかにも詳しくて、「今ドラマに出てる人、カッコイイわよね。」「あの子、可愛い顔してるわよね〜あーた知ってる?」なんて話も良くします。


これまでに何人かのお話を書きましたが、認知症の方のお話でしたが、なんだかMさんとのお話が急に思い出しました。


入居されている人の中には、あまり認知症が進んでいない人も少しはいます。

Mさんはその、数少ない人です。


「昔は大変だったわよ〜」なんてお話はするけれど、案外満更でもなさそうにお話してくれます。



私は以前に何かの記事で第二次世界大戦中の話を祖父母に聞いてくるようにと宿題に出されたものの、「家は米農家で都会から沢山人が買いに来るしお金もないからみんな着物やらなんやら持ってきてくれるし食べ物にも困らなかったわよ」という想像と違う(苦労話ではない)話を聞いた、みたいなのを聞いたことがありました。

案外にそうなのかもしれなくて、高齢者の施設で働いているものの、戦時中の話はほとんど耳にしません。


「疎開してたのよ〜」

「兄は戦争に行ったのよ」


なんて聞いていたけれど、生活の詳しい話は聞きません。

しかし学校で習うような戦時中の話はあまり聞きません。


ただ単に自分から話したがらないのかもしれないし、その時は学生だったらしいので、あまり覚えていなかったのかもしれませんけども。


今日、戦争を知る世代が減っている、語り継ぐ人が少なくなっている、なんて話を聞いたりするけれど、よく考えてみれば、老人ホームには沢山いました。

しかし、終戦から70年がたった今、今回のようにぱっと思い出して語ることが出来るのかはわかりません。



でもたまに思います。


辛くて悲しい記憶なら、無理に話さなくてもいいし、認知症で忘れていれならば、それはそれでその方が幸せかもしれません。あくまでも私の思うことです。












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