第3話 母を探して30分

私が仕事の話を書いていこうと思ったきかっけは、とにかく毎日がいい意味でも悪い意味でもクレイジーだからです。


先に書いたお話しは、真面目で普通な就活や就職の話をつづりましたがここからが本題です。

クレイジーな毎日ですが、面白いこともたくさん。イラっとすることもたくさん。

1日に1エピソードは何かがある。

楽しいこともくやしいことも。それだけ書けるくらいにはこの3年間でたくさんありました。

そんなわけで長い長い前置きがありましたが、ちゃんと書いていこうと思います。


私は有料老人ホームで働くこととなったわけですが、老人ホームでの介護と言って忘れてはならない言葉があります。それはずばり「認知症」です。

超高齢者社会の現代、誰もが耳にしたことがある言葉ではないでしょうか。

今回はそんな認知症のおばあ様のお話をしていきたいと思います。


Aさんは歌がとっても上手で、私に会う度に「あなた髪の毛真っ黒ね、緑の黒髪ね。私なんてもうおばあちゃんになっちゃって真っ白よ。」と穏やかにお話しされる方です。愛嬌があって、いつも笑顔が見られるおばあ様ですが、アルツハイマー型認知症です。


居室内にはナースコールがついているので、ナースコールを押すと、職員のPHSに繋がるようになっています。


ある時、Aさんからコールがありました。

「あの、B子さんと言う方はどこの部屋でしょうか?」というコールでした。

前にAさんから聞いたお話しですが、B子さんとは、Aさんの育ての母親で明治生まれだそう。居室にはB子さんの位牌が置いてありますが、Aさんはまだお母さまがご存命だと思っている様です。


「私はB子さんて人、ここでは会ったことないなあ。」と私が言っても、「いや、一緒にここに来たはずよ」と答えます。

「B子さんて今おいくつなのかしら?」と私がきくと、「明治〇年生まれよ」とはっきりと答えます。

「明治生まれだったら、もう亡くなられたんじゃない?」本当はこんな言い方したくありませんが、一応居室にには位牌があるのでなくなったことは伝えます。しかし「まだ生きているわよ。もう高齢よ」と答えます。


ここで私の心の声を聴いてください。

・・・・Aさん、高齢だと分かっているならば、もうちょっと聞き分け良くてもよくない!?なんならご存命であればギネス記録よ!?


確かに、Aさんの時間の感覚はずれているかもしれません。

私に「あなた昭和何年生まれなの?」と聞いてくるからです。

私が平成生まれだと答えると、「え!?平成生まれなの!?ずいぶん若いんじゃないの」

いやいやいや、なんならもう令和ベイビーが生まれて1年経ちますわ。


このコールわりと毎日してるんです。私が勤めて3年経ちますけど、1日1回はかかってきます。

でもね、30分後には忘れちゃうんです。


他の人とのコールが重なってしまうと、どうしても緊急性がある人のほうに先に向かってしまいます。

Aさんには、「お待ちください」とお伝えして、用事を済ませた後にAさんの居室に向かうと、何事もなかったかのようにテレビを見てたりするんです。

「どうしたんですか」と聞くと「どうもしないわよ」なんて言うときもあります。

しかし、私からB子さんの話は持ち出しません。

思い出すとしばらくまたB子さんの話になってしまうから。

だから私はこう言います。


「Aさん、もうすぐお食事なので、お手洗い済ませておいてくださいね。」


他の人が何て声掛けをしているのかはわからないけれど、私的にはかなり有効です。

頭の中が「もうすぐ食事」になるので。

違う話題にシフトチェンジすると、ほんとにすぐ忘れちゃうんです。


しかし、そんなときばかりではありません。

逆に短い時間で何度も何度も「B子さんはどこですか」と尋ねてくるときがあります。ほんとね、イラっとはしちゃいますけど。

イラっとしちゃっても、私は叱ることはできません。仕事だし。


逆に、ずーっと探してもらえるB子さんがうらやましいですよね。

どんなに認知症で何かを忘れてしまっても、育ての母のことは忘れないってすごいですよね。よっぽどお世話になって、可愛がってもらって、愛されていたと実感していたのでしょう。

認知症になると子供のようになってしまうとは言うけれども、AさんにはB子さんが本当に大切な存在だったのだろうと思います。


介護士をしていると、こんな風に様々な人の過去や出来事に触れる機会が増えていきます。

Aさんの記憶のかけらは、Aさんにとっては唯一覚えている何かなのかもしれません。




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