第6話:岐阜回想編―紅葉庭園の怪―
岐阜に行ったのは去年の12月の始めのことだった。
なんで岐阜に行こうとしたのかというと、消去法である。
名古屋近辺に琴線に触れる場所が一つもなかったので、「まあ名古屋城よりは岐阜城かな」と思ったのだ。
「岐阜に行ってお城見ようぜ」と猫ちゃまに言うと、
「岐阜に行くの?」と行きたいのかよく分からない返事の後に、
「え、お城! 行きたい」と気を使ったような返事をされてしまった。
まあそりゃあ、猫は戦国時代に興味などない。かつて斎藤道三が建設した稲葉山城をなんやかんやして奪った織田信長は、ここから天下取りを始めるという意味を込めて「岐阜」と名を改め、浅井家との同盟を活かして一気に京都へと上洛を果たしたのだが、そんなロマンが分かろうはずもない。
まずは信長を知ってもらうところから始めようと思い、近所のブックオフで戦国無双4を買って一緒にやり始めた。無双の信長はシリーズが進むごとにキャラが強烈に訳分からなくなっていくのでいまいち伝わらないだろうなと思ったが、他に手ごろなゲームがない。そして意外とまともな戦国アニメもない。唯一「へうげもの」ならあるのだがネトフリにないアニメはないも同じである。
結果として猫ちゃまに信長を覚えさせることには成功した。
「さる、このいくさ、さるにまかす」
「のぶながさまのため、このいくさ、せぇだすで!」
「む・か・ち!」
と訳も分からないまま物まねをしていたので、きっと覚えてくれたことだろう。覚え方はへんてこにせよ。
岐阜までは高速道路を使えばあっという間だったが、運転と車の燃費に自信のある猫ちゃまは「下道で行けるから」と豪語した。
ところで、名古屋市周辺の下道といえば悪名高い『五車線の迷路』を潜り抜けなければならない。「次を右折してください」「今度は左折してください」とカーナビが言うたびに、後ろの車を気にしながら車線変更を余儀なくされる。車線変更して車線変更して車線変更をする。なんなら走っている時間よりも車線変更している時間の方が長い。
「大須にはよく行くから」と豪語する猫ちゃまがもちろんそのことを知らなかったわけではないのだろうが、彼女は一つ思い違いをしていた。助手席にあまり運転慣れしてないうっとうしい彼氏がいることを計算に入れていなかったのだ。
「ちょっと、危ないって」「いけるいける」「ちょっとちゃま! あかんって」「いや今行けたやん」と思ったことをそのまま口に出すうちにだんだん猫ちゃまの機嫌が悪くなってくる。
「うっさい! 文句があるんやったらな! 文句があるんやったらな!」
「いやそれ(自分で運転しろ)は無理」
「ほんなら黙っとけよ!」
「あかんってほら今危なかったよ? 殺す気かな? 一緒に死ぬか?」
「あーうざいうざいうざい!」
ごちゃごちゃ言っているうちに車線は減って道は空き、前方には隆々とそびえたつ見事な山脈が見えてきた。どの山もきれいな円錐型でこざっぱりとした印象を受ける。晩秋の紅葉は散り際の鮮やかさをまだ失わず、なんだか空も晴れてきた。猫ちゃまの機嫌も少しずつ直ってきたようだ。
「山きれいねぇ」
「登るか」
「ちゃまねぇ、登山したことあるよ」
「え、まじ?」
「東京に行くついでに静岡に行ったときに車で登った」
「??」
猫ちゃまの言葉の意味を考えているうちに、窓の外にさらによく分からない看板が何枚か見えてきた。
「ハワイ」「熱帯」「リゾート」をキーワードに据えた謎のホテルの看板群である。
「え、なんで海もない岐阜でハワイアンリゾート推してるんだ?」
「ねー。あ、それっぽいでかいホテル見えてきたよ」
たしかにホテルが見えてきた。「ハワイ」「熱帯」とカタカナで書かれた古ぼけた看板を擁するビルが、一軒だけではない。通り沿いに何軒も何軒も立ち並んでいる。
「え、これ全部ラブホなの?」
「ラブホめう! ハワイだって。行ってみる?」
「いや、いいわ」
岐阜県のホテル業界には疎いが、こういうへんてこなクラスターができるにはそれなりの理由があるのだろう。やはり海がないのが原因なのだろうか。大きな湖もなさそうだし、水着を着れるような場所にカップルが飢えているのか。
「理解した。ホテルの中はみんな水着で歩いてるんだな。健康ランドとラブホのハイブリッドこそが岐阜のホテル業界なんだ」
「健康ランドってなに?」
「大阪で言うところのスパワールドだよ」
「ここ愛知なんだけど……いや今は岐阜か」
そうしてハワイアンな熱帯を通り抜けると、だんだんと建物が落ち着いてきて整然としたハイソな街並みが広がってくる。
山沿いの幹線道路を左にぐるりと回りこみ、しゃれた山裾の道を木陰に隠れながら進む。きっとこの辺りをドライブするのはさぞ気持ち良いことだろう。
「じゃ自分で運転しろよ」
「それはやだ」
287号線から繋がるトンネルをくぐると岐阜公園に繋がっていた。金華山のすぐ麓に広がるこの公園から、ロープウェイに登れば岐阜城にたどり着くはずである。
公営の駐車場に車を止めて、歩道橋を渡って公園の中を歩き始める。
背が高く形の良い木々が穏やかに紅葉し、背の低い草木は鮮やかな緑を保っている。その色の移りのグラデーションが鮮やかで、澄んだ池の水に映えることによって一層の奥行きを感じられた。
小さな滝と石庭で区切られた池の手前で猫ちゃまは次々と活力のあるポーズを取り、私はそれに合わせて写真を撮った。猫ちゃまがサウスパークを見始めたのもこの頃だし、自撮り回のボッキンガッツポーズにはまったのもなおさらこの頃である。どうもよくない方向に猫を育ててしまっているなと思いつつ、まあそれはそれで可愛いかと思い直した。
池に近づくと紅葉の葉がいい具合に散らばっている。石段で水の逃げ道を作り、段には少し大きな石を使ってわざと落ち葉を堆積させるように作られている。――岐阜城のおまけかと思いきや、なかなかに計算された日本庭園のようだった。
「見て、リスがいるよ」と猫ちゃまが梢を指さす。
目が悪くてあまりはっきりとは見えなかったが、そこには小動物の影があった。リスと言われればリスかもしれないが、なんだか少し大きい気がした。
「わぁ、リスだぁ」と猫ちゃまはうっとりと梢を見上げている。たしかにリスに見えなくもないのだが……。やはりなんだか、大きいのだ。ほんの少し、遠近感がおかしい気がする。高い木の梢の上であの影の大きさなら、手近にいたとしたら――猫とまでは言わないが、イタチくらいはありそうに見える。
その違和感を口に出す前に、小動物の影は木々の奥へと素早く姿をくらませてしまった。
「リスがいたねぇ」
猫ちゃまはよっぽどリスが嬉しかったのか、同じセリフを何度も繰り返してはきょろきょろと空と木と山を見上げている。
「リスがいたな。でもなんか大きくなかった?」
「そう? あんなもんでしょ」と猫ちゃまはあっさりしている。そう言われてみれば、そんな気もする。そもそも実物のリスなんてペットショップでもろくに見たことがないし。――私のサイズ感が間違っているのかもしれない。リスとは本来もっと大きな生き物なのだろうか。
そんな風にのんびり歩いている間に日が暮れてきた。
もちろん我々はロープウェイに乗ろうとした。もう名前も忘れてしまったようなゆるキャラの看板が出迎えてくれたが、受付のお姉さんは少し冷たかった。
「この時間から上っても天守閣も資料館も閉まっていますがよろしいですか?」とやんわり断られてしまった。
「いやいや金華山からの夜景が映えスポットなんでしょう? 観光サイトにそう書いてありますよ?」と聞き返すべきだったが、お姉さんと奥に控える車掌のおっちゃんのあまりに面倒くさそうな態度に閉口してしまった。
「今夜はどっか泊まってまた明日来ようか」と猫ちゃまに言うと、
「でも夜景は?」と悲しげに問い返してくる。まあそうだよな。
「天守閣も資料館も閉まってるんだってさ」
「そうなん……。そもそも出発遅かったしねぇ」
「まあなんか食べようよ。今から夜景見てたら美味しい店しまっちゃうかもしれないし」
そんな風に猫ちゃまを言いくるめているうちに、はっきりと違和感が形になってきた。
確かに「岐阜城」は夜には閉まっているのだろうが、岐阜城を含めた金華山の売りはやっぱり夜景なのである。怪しいハワイアンホテルが乱立するほど行き場のない岐阜の若者たちにとっては貴重なデートスポットなはずなのだ。
なのにどうして、夜にロープウェイで「金華山」に登ろうとする私と猫ちゃまを「岐阜城が閉まっていますよ」と言いくるめるんだ?
どう考えても不自然だ。
まるで、夜の金華山に行かせたくない理由が、他にあるような言動ではないだろうか――?
例えば、少し大きなリスの存在とか――?
「ねーえ、何食べるの?」と猫ちゃまがスマホを見ながら首を傾げている。
少し考え過ぎてしまったようだ。
むしろ我々が考えるべきは岐阜のグルメについてだった。
飛騨牛に高山ラーメン、ひねったところではこんにゃくいなりなどもある。食べログを見る限りは全体的に肉々しい地域であった。
帰りの公園を横切って車にたどり着くまで「ここは?」「ここにする?」「おっちゃんは?」「ここでもいいけど」「どっちがいい?」「と言われてもなぁ」「これは?」「ええやん」「しまってるな」「高いめう」などと言い合い続けて、それでも決まらず。車に乗ってからさらに十分くらい悩んでも決まらず。仕方がないから岐阜市の方に車を走らせながら考えることにした。
我々は店や行き先を選ぶとき、何かに呪われているように優柔不断になる。私は意思が弱くこだわりが薄いし、猫ちゃまは猫なのでさらに意思が希薄である。自分が嫌なもの、食べたくないものだけはしっかりと主張するが、食べたいものは何も分からない。
もうキャットフードでも食わせようかと思っていると、岐阜市の駅前にすごく美味しそうな柚子塩系のラーメン屋を発見した。それはもう矢吹駆がいうところの本質直観である。
予約していた駅近のホテルに車を止めて歩いていくと、それほど混んではいなかったが、やはり美味しかった。一般的に柚子塩系のラーメンは外れにくいが、それにつけても上等な味である。澄んだ癖のないスープに柚子が染み渡り、チャーシューの油とも喧嘩せずに良いバランスで混ざり合っている。
「おいしなぁ」と猫ちゃまは幸せそうに麺をすすっている。とりあえず良い店が見つかってよかったなと思う。岐阜らしい名物は明日のランチに残しておこう。
翌日。
岐阜城公園に再びやってきた我々は、今度こそはと地元の老人たちに混ざってロープウェイに乗り込んだ。ロープウェイの中にはガイドのお姉さん一人いて、少しずつ斜面を上がるのに合わせて景観や朱塗りの塔や全体的な来歴について語ってくれた。特に資料を見るでもなく、到着ぴったりにしゃべり終わるのがラジオのパーソナリティのようでプロっぽかった。
老人たちはいそいそと小声で何かを話し合いながら山頂へ向かっていく。毎日通っていそうなさくさくとした足取りである。
しかし我々の当面の目標は山頂ではなく、ロープウェイを降りたすぐそこにある場所だった。
「ここがリス村……」
そう、リス村。岐阜城の山の上にはどうしてかリス村があるのである。「日本で唯一のリスと触れ合える施設」との触れ込みで、つまりは金華山から麓の公園の辺りに生息するリスたちを餌付けして、観光客が餌を与えることができる程度に懐かせているのである。檻に閉じ込めているわけではなく、景色と雰囲気も悪くない。
どうしてかは知らないが我々の他に客はいなかった。暇そうにしていた係のお姉さんたちによって私と猫ちゃまの両手に分厚い手袋がつけられ、その上に黄色い色の餌がたっぷりと盛られた。
リスたちは少し遠巻きにこちらの様子をうかがっていたが、猫ちゃまがキョンシーのように両手を突き出しながらよたよたと切り株に座ると、ちょろちょろと足元に群がってきた。
やがて勇敢な一匹が猫ちゃまの脚を伝って肩に乗り、手袋まで駆け下りて黄色い餌を思うさまぺろぺろとやり始めた。それを見たほかのリスたちも膝や背中や頭といった思い思いのルートを通って手袋に群がり始めた。
「うわぁ……」
猫ちゃまは感無量の様子で嬉しげに顔をほころばせて放心している。
一方私の手袋にやってくるリスたちは容赦がなかった。小さな手でわしりと腕を捕まれ脚を捕まれ、思わず中腰になって手袋の位置が下がったところに、地面から器用に二本足で立って手袋に捕まるリスも現れて、動けなくなってしまった。
「え、舌長いよ! リスってこんなに舌が長いの?」と猫ちゃまが騒ぎ出す。
そんなにかと思ってまじまじ見つめると、たしかに思ったよりもかなり長い。小動物繋がりでハムスターのようなチロりとした短い舌を想像していたが、リスのそれは異様に細長かった。擬音で表すならチロチロではなくテロリテロンといったくらいで、アリクイのような小さな昆虫を食す動物の舌にも似ていた。
「え、ながいー! へん!」
猫ちゃまの脳みそと語彙がリスの可愛さと嬉しさのあまりに溶けていく。
一方で私は少し不安に思った。木の実を食す生き物としてはあまりにも長すぎるように思ったのである。あるいはリス村で粉末状の餌を与えられ続けているうちに、よく粉末を巻き取れる舌の長い個体へと進化してしまったのだろうか。
「なんだか今日はリスたちの機嫌がいいですね。いつもこんなに寄ってこないんですよ」と言いつつ、飼育員のお姉さんたちは餌をもう一杯サービスしてくれた。リスたちも大喜びでぺろぺろとやっている。
私の餌は追加分まで早々に食われてしまったので手袋を返却し、スマホを取り出して猫ちゃまのご機嫌餌やり写真を撮り始めることにした。
そうしてスマホ越しに俯瞰して思ったのだが、リスたちの食べ方にはどこか必死なものがあった。よっぽど飢えているのだろうか。寄ってきているだけで20匹くらいはいるし、そろそろ冬眠の時期でもある。貴重な餌の奪い合いなのだろう。
――そういえば、さっき猫ちゃまと見つけたちょっと大きなリスはこの中にはいない。どのリスも肩に乗るのがちょうどいいサイズであった。
あいつが森の中で幅を利かせているから、このリスたちは飢えているのかもしれないな。
〇
「全然違うじゃん!」
リス村によってこの上なく良くなった猫ちゃまの機嫌は30分と持たなかった。
「言ったよね信長様の鎧があるって! 資料館も見れるって! これなに!」
「――工事中」
「嘘でしょ! 何にもないやんけ!」
そう。リス村からえっちらおっちら山を登った我々を待っていたものは、何の展示物もない空っぽの天守閣だったのである。
――おりしも今年の大河は麒麟がくる。主役は明智光秀ということで、岐阜城は気合が入っていたのである。大河の開幕する年明けに先駆けて大規模な改装工事を行っていたのだ。
そんな時期に来てしまったものだから、天守閣は空っぽだし、天守閣に併設されている資料館は閉まっていたし、ついでにいうならそれに合わせて麓の昆虫博物館まで閉まっていたのである。
我々の他には物好きな年寄りしかいないのも道理だった。
「ねーえ! ねーえ!!」
「だってさ、ふらりと城でも見に行くかーって思っただけで。まさか改装してるなんて思わんやん」
「ちょっとググったらすぐに分かるでしょ!」
「だっていちいちググらんやん」と内心やっちまったなと思いつつ言い訳を重ねたが、登ってしまったものはしょうがない。
もう見るものは天守閣からの景色だけである。
「ほらごらん、あのきらきら光っているのが長良川だよ。長良川の鵜飼いといえば公務員なことで有名だよな。くいっぱぐれがなくてよろしいね」
「いや知らんし……」
「ほら、あっちの山に囲まれた盆地なんか、大軍を誘い込むのにちょうどよさそうやん。まず関の部分に蓋になる部隊を置いてさ。その部隊をわざと後退させて敵が盆地に誘い込まれたところを三方から――」
「いや知らんし……」
「紅葉がきれいだねぇ。あ、今あそこの木が風に逆らって動いたよ。リスがいるのかもしれないね」
「リスはいる」
そう、リスはいるのだろうが。それにしても木の揺れが少し大きい気がする。山の麓の方の木々が常に1、2本ほど風に逆らって揺れているのだ。リスがこれほど木を揺らせるものなのだろうか。
「ひょっとしたら猿もいるのかな」と言うと、
「猿もいるの?」と猫ちゃまのテンションが少し上がった。哺乳類なら何でもいいのか。
「どうする? 帰りはロープウェイ使わずに歩いて降りる? ちゃま全然平気」ととんでもないことを言い出したので、
「いや、ロープウェイで高いところから見た方がお猿も見つけやすいよ」と適当に言いくるめて徒歩での下山を回避した。一人ならともかく猫ちゃまと一緒である。うっかりすると遭難もありえる。
――それはそれとして、たぶん、徒歩での下山が正しいのだろうという気はした。
リス村のリスたちを飢えさせ、猿のような力で木を揺らしている怪しい生き物が、客の少なさをいいことに山の麓から公園にかけて物見遊山をしている、ような気がする。
そのナニかには、徒歩でえっちらおっちら歩いているうちに確実に出会えるような気さえした。なにせ向こうから見つけられたがっているのだから。
でもたぶん、出会わない方がよいのだろうという直感もあった。
例によって時間ぴったりに終わるロープウェイのお姉さんの口上を堪能しつつ下山した我々は、なおもしつこく岐阜城公園をうろつきまわっていた。
「土産物屋まで閉まってるんだけど!」と今さら気づいた猫ちゃまの憤慨を、「でもリスは可愛かったやろ」と言いくるめることで押さえつけ、「信長の鎧は?」と思い出した猫ちゃまの未練を、「リス可愛かったな」と言いくるめることで押さえつけているうちにいい時間になってきた。12月の空は本当に早く、鮮やかな赤に染まってしまう。
あまり見ていないが、木々があちこちで、風も弱いのにガサガサと揺れている。
そろそろ帰らないとまずいような雰囲気だったが、猫ちゃまは化粧を直しにトイレに寄った。
紅葉がそのまま広がったような赤い空の下、濃い影の中で。
なんだか異様な親子連れがトイレの前を歩いて行った。
子供は前ではなく、上を見上げて歩いている。「あぁあ、あぁあ」と何かを見つけては口をぽっかりと開けて、転びもせずに、器用に砂利道を歩いていく。
その後ろをかなり離れて、母親が遠巻きに見つめながらついていく。
まるでそれが当然のように、子供をたしなめもせず、叱りもせず。――釣られて上を見ることもしなかった。
「ううううう、うううううう」
子供の声が肺から息を押し出すような音に変わっていく。声だけを聞いていると救急車のサイレンの物まねのようでもあった。けっこうな大声だ。
だが、私や母親を含めて公園にいた数人の人間は、誰も子供をたしなめなかった。
釣られて上を見ることも、しなかった。
「さて、何食べる?」と猫ちゃまにLINEを送る。例によって意思の弱い猫ちゃまは、トイレの中で5分は考え込むことだろう。
できればその5分の間に、あの子がこのまま連れて行ってくれればよいのだけれど。
紅葉庭園の怪 終わり
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます