【新説昔話集#7】わらしべ王者
すでおに
わらしべ王者
昔々、今から何百年も前のことだが、あるところに
貧乏暮らしが幾年も続くとさすがの新吉も辛抱できなくなり、あるとき、寺のお堂にやって来て観音像に手を合わせた。
「こんな暮らしはもうたくさんです。どうか私をお助けください」
空腹を忘れて一心に拝んだ。日が暮れても拝み続けたが、月がてっぺんに昇る頃にはすっかり疲れ果ていつの間にか眠ってしまった。
すると真夜中、新吉しかいないはずのお堂に突然声が鳴り響いた。
「新吉、これ新吉や、聞こえるか」
寝ぼけ眼を開くと、目の前に金色に輝く観音さまが立っていたから驚いた。
「悩める者を救うのが私の役目、そなたも助けて進ぜよう。よいか、夜が明けたらすぐにここを出るのだ。そして最初に手にした物を持って西へ向かうが良い。さすれば道が開かれるであろう」
新吉はあわてて姿勢を正し深々と頭を下げたが、顔を上げるともう姿はなく、観音像は元の通り厨子の中に納まっていた。
「夢だったのか」
外は日が昇り始め、すずめが朝を告げている。
夢かうつつか分からぬが、言われた通りにして損はないだろう。
新吉はすぐにお堂を出た。
朝早くから日差しが強く、今日も暑くなりそうだと天を見上げたとたん、すってんころりん。石につまずいて転んでしまった。
「いてててて・・・」
起き上がると、転んだ拍子に掴んだのか、一本のわらしべを握っていた。
「これを持って西へ行けばよいのか」
新吉はちょいと指先でわらしべを摘み、なんとはなしに朝日に背を向けて歩き出した。
少し行ったところで一匹のアブが飛んできた。ブンブンと新吉の周りにたかり、追い払っても逃げていかないからひょいっと捕まえて、わらしべにくくりつけた。それでも元気に飛び続けるアブを手に先へ進むと、赤ん坊を負ぶった母親に出くわした。腹でも減っているのか赤ん坊は大きな声で泣いていたが、新吉が側に来ると泣き止んだ。アブが気に入ったらしく、捕まえようと手を伸ばしている。
「これがほしいのか」
アブのついたわらしべを握らせてやると赤ん坊は笑顔になった。
「泣く子には勝てんな」とそのまま立ち去ろうとした新吉に、お礼にと母親がみかんを3つくれた。
わらしべがみかんに代わってしまったが、とにかくまた西へ歩いた。
日も高くなって来たから休憩してみかんでも食べようと木陰に入ると、若い娘が真っ青な顔で座り込んでいた。
心配して声をかけた新吉にお伴の者が気づき、みかんを分けてくれるよう頼んできた。娘は暑さと疲れでのどが渇き、へたり込んでしまったという。
「それは大変だ。どうぞお食べ下さい」
3つ全部あげると、お伴の者が皮を剥いて食べさせてやり、おいしそうに食べた娘の顔に生気が戻った。
「ありがとうございます。おかげで助かりました。これはほんのお礼です」
お伴の者は風呂敷包みの中から美しい反物を3つ出して新吉に手渡した。
両手に抱えた反物を眺めながら気分よく歩いていると、今度は道端で馬が倒れていた。暑さにやられたのだろうが「歩けない馬など必要ない」と飼い主は殺そうとしている。
「殺すならこれと交換してくれ」
不憫に思った新吉は、もらったばかりの反物を惜しげもなく差し出した。
「こんな死に掛けでいいのか」
飼い主は大喜びで交換し、反物を抱いて走り去った。
「可哀想に。今助けてやるからな」
新吉は水を汲んできて飲ませてやり、優しく介抱してあげた。するとたちどころに元気を取り戻して起き上がった。肉付きも毛並みも良い馬だった。
「こんな立派な馬なら反物三つでも安いものだ」
満足げに馬を引いてさらに西へ進むと、大きな屋敷の前で男に呼び止められた。
「これから旅に出るのだが、馬が足りずに困っておる。その馬を譲ってもらえぬか」
手放すのは惜しいが、必要としている人にもらわれた方がこの馬も嬉しかろうと承諾すると、その男は言った。
「代金代わりにこの家に住まぬか。当分帰らないのだが、住む者がいないのだ。三年たって帰らなかったら其方のものにしてよいぞ」
こうして新吉は大きな屋敷を手に入れた。
一本のわらしべが屋敷になるなんて、不思議なことがあるものだと感慨深く眺めていると、通りすがりの男に声をかけられた。
「立派なお屋敷ですね。あなたのお住まいですか」
「ひょんなことから住むことになったんです」とことの経緯を話すと、その男は宋の国から来た貿易商だと名乗ってこう続けた。
「宋と日本を往来しているのですが、悪天候が続いて船を出せない事があります。寝泊りできる所を探していたんです」
言われて初めて気が付いた。屋敷の裏、それも西の方向に港があった。
「ここに住まわせてもらえるなら、代わりにあの船を差し上げます」
数あるうちの一つらしいが、それでも一目で高価と分かる船だった。これなら釣りも出来るし、売ればいい金になる。なりより西というのが決め手になって新吉は交換に応じ、今度は船主となった。
少々の荒波ではびくともしそうにない立派な船を手に入れ、満足げに甲板で大の字に寝転ぶと、港で宋の国の水夫たちが話し合っていた。来るはずの船が到着せず、宋へ帰れないという。
これ以上待てないから別の船を調達したいが、港の船はどれも忙しく使われていて空きがない。どうしたものかと話している水夫の目に止まったのが新吉の船だった。甲板に寝転がっているぐらいだから、空き船であることは一目瞭然。
「これはあなたの船ですか」
聞かれた新吉が「そうです。さっき手に入れたばかりで、まだ出港もできませんが」と答えると水夫たちは色めき立った。
「この船で一緒に宋へ行きませんか。操船は我々が致します。食料もあるので貴方は乗っているだけでかまいません」
異国に興味はなかったが「海の先にある西の国」と聞いては行かずにおれぬ。新吉は水夫たちと宋へ出発した。
天候に恵まれ、水夫たちの尽力で数日後には無事宋にたどり着いた。
ところが港に着くなり水夫たちはさっさと船を降りていなくなってしまった。一人取り残された新吉が困惑していると、突然僧侶が声をかけてきた。
「これはあなたの船ですか」
港に僧侶とは不釣合いだが、これが宋の国なのだろうか。
「日本へ教えを説きに行くはずが、船が壊れて困っております。この船をお貸し頂けませんか」
なるほど周りの船はみな忙しく荷物の積み降ろしをしている。暇そうなのはこの船だけだった。それなら一緒に日本に帰ろうか、と考えたが
「泊まるところがなければ、私の寺をお貸しします。空いたお堂がありますので、そこに寝泊りしてはいかがでしょうか。ここから西へ行ったところにありますので」
新吉は船を貸し、寺に泊まることにした。
言われたとおりに西へ歩くと寺があった。立派な寺で中にはいくつものお堂があり、それぞれに仏像が飾られている。
一つだけ何もないお堂があった。中に入って一息つくと急に睡魔に襲われた。船旅の疲れがでたのか、着いて早々眠り込んでしまった。
すると真夜中、新吉しかいないはずのお堂に突然声が響いた。
「そこのもの、聞こえるか」
寝ぼけ眼を開けると、目の前に金色に輝く阿弥陀さまが立っていたからいっぺんに目が覚めた。
「寝ているところすまないが、今まで居た寺が戦で焼けてしまい困っておる。この寺に住まわせてもらえぬか」
自分の寺ではないが、阿弥陀さまの頼みを断れるはずがない。
「この寺でよろしければどうぞお住み下さい」
新吉が応えると阿弥陀さまは喜んでこう言った。
「ありがたい。それではお礼に願いを一つかなえてやろう。どんな願いでもかまわぬから申しなさい」
突然言われても困るが何でもいいなら、と新吉はその時思いついた一番大きなことを口にした。
「私をこの世で一番の王様にしてください」
阿弥陀さまは微笑みながら
「いいだろう。それでは朝になったら寺を出てひたすら北へ進みなさい。それが王となる道だ」
そう告げた瞬間姿が消え、いつのまにかお堂の正面に阿弥陀如来像が祀られていた。
本当にかなうのか訝りながらも新吉は朝になると言われたとおり寺を出て、前の大通りを北へ歩いた。
少し進むと大きな豪邸があった。家の周りに活けられたきれいな花を横目に歩いていると突然びしゃりと女中が撒いていた水が新吉にかかってしまった。
「申し訳ありません」と謝る女中に
「そのうち乾くから大丈夫だ。それにもともと汚い着物だから」
と新吉は気にせず行こうとしたが
「これはこれは失礼を致しました」
家から女が出てきた。この豪邸の夫人なのだろう、見るからに派手ないでたちのその女は
「代わりの着物を用意しますので、どうぞお着替えください」
といかにも高級そうな色鮮やかな着物を持ってきた。
「主人の物で申し訳ありませんが、背格好がよく似ているのでお似合いになると思います」
袖を通すとピッタリだった。
美しい着物に着替えると自然と背筋が伸び、新吉は大臣にでもなったような気分でその家を後にした。
そこからさらに北へ行った通り沿いに鍛冶屋があった。店先に飾られた刀や弓矢を眺めていると、新吉に気づいた鍛冶屋は作業を止め、慌てて弓矢を持って出てきた。そしてぺこぺこ頭を下げた。
「お持ちしておりました。これがご依頼の弓矢でございます。あれほどのお金を掛けたので非常にいいものが出来上がりました。ご満足頂けると思います」
何のことだか分からなかったが、言われるままに受け取った弓矢は、新吉にも分かるほど見事なものだった。
「これを使えばどなたであろうと狙った獲物を確実に仕留める事が出来ます」
鍛冶屋に促されて試し打ちをすると、遠く離れた的にものの見事に命中した。
「今後ともご贔屓のほど、よろしくお願いします」
深々と頭を下げられ、状況が飲み込めないまま新吉は店を出た。
「弓矢は出来ておるか」
しばらくしてさっきの豪邸の主人が現れ、鍛冶屋はやっと間違いに気づいたが、新吉の姿はとっくに見えなくなっていた。
弓矢を背負ってさらに進むと、人影が途絶えた通りの外れで不意に呼び止められた。
「お主はどちらへお行きかな」
声の主は馬を引いた盲目の老人だった。
「当てがあるわけではなく、ただ北へ向かって歩いているだけです」
新吉がありのまま答えると老人は
「北へ?それなら一つ頼みを聞いてもらえぬか。ここからさらに北にある金の国に住む友人にこれを届けてほしいのだが」
と五本の指を持つ龍の置物を見せた。
「早く届けてやりたいが、この目ではそうはいかぬ。礼の代わりにこの馬を差し上げるのでいかがかな。距離はあるがこの馬ならそう時間はかからん」
宋の北にある金の国、おまけに馬までもらえるとあれば断るわけがない。新吉は引き受け、置物を受け取って北へ向かって馬を走らせた。
目指すは遠い金の国。しかしなんと素晴らしい馬だろう。先を行く馬を次々と追い越し、どれだけ走っても疲れ一つ見せない。あまり馬に乗ったことのない新吉でさえ、いとも簡単に乗りこなせ、わずか数日で金の国にたどり着いた。
そして老人に聞いていた通り山と川に囲まれた、一目でそれと分かる風変わりな家を見つけた。中から出てきた老婆に頼まれた龍の置物を差し出すと
「やっとできあがったか」
声を上げて興奮気味に受け取り
「長いこと待たされただけあって、見事な出来じゃ」
満足げに眺めてから玄関に飾った。そして改めて新吉と向かい合うと
「わざわざ宋の国から届けてくれた礼に、お前にいいものをやろう」
老婆は様々な方角が描かれている大きな布を広げながら
「この布ではないぞ。お前にやるのは運じゃ」
ニヤリと片方の口角を上げた。運をくれるとは一体どういうことか。小首をかしげる新吉に老婆は
「風水というのをご存知か。わしが金に渡ってきたのも、風変わりな家に住んでいるのもそのせいだ。この国では古来より皇帝はみな国を治めるのに風水の力を利用した」
と話していくつかの質問をした。そして布をまじまじと見つめながらぶつぶつつぶやき、終わったかと思うと顔を上げてこう言い放った。
「北西。それがお主に幸運をもたらしてくれる方角じゃ。北西へ行けばお前の望むものを手にすることが出来るぞ」
観音さまに言われた西と、阿弥陀さまに言われた北を合わせた方角なら間違いあるまい。
新吉は老婆の家を出ると、導かれるように一路北西に向かって馬を走らせた。
しばらくすると街はなくなり、その先は山や砂漠、それに果てしない草原が続いたが、それでも北西にひた走り、やがて集落を見つけた。モンゴル高原に住むモンゴル族だった。
モンゴル族の人々は美しい着物をまとった新吉に興味を示し、集まりに招き入れた。モンゴル族は弓矢を得意とする騎馬民族だったが、新吉の弓矢にも馬にも誰も敵わない。新吉は、モンゴル族の一員として迎え入れられた。
新吉はその腕を存分に生かし、モンゴル族の指導者となった。よその部族との戦に次々と勝利し、やがてモンゴル高原を統一してモンゴル帝国を開き、王の称号〝ハーン〟が贈られた。
新吉・ハーンはいつしかモンゴルの言語に合わせてチンギス・ハーンと呼ばれるようになり、空前の繁栄を誇るモンゴル帝国の礎を築き上げた。
おしまい
【新説昔話集#7】わらしべ王者 すでおに @sudeoni
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