第2話 森の姫様

 その様子からして、この島はとても平和の道を辿っているようにも思われる。まあ、ここ3年間は災害がないというのも事実で、その要因になっているのは、3年前にこの専門家が連れてきた木の神、

「いいえ、彼女は植物の核です。」

 もとい、植物の核である茅野咲姫ちの さきである。彼女のおかげで、悪魔が島に降りられなくなり、食物連鎖の頂点も島民に手を出さなくなっている。


 しかし、しかしである。これだけ見れば、完璧な女性ではあるのだ。現に彼女はここに連れてくる前、本都(国の首都、この島から9km南)では、それはもう大人気で、崇拝する人まで現れたそうだ。一方で、彼女を崇拝している人たちを、本都の住民の一部では、偶像崇拝と揶揄していたらしい。それでも、その人気ぶりは、俺の耳にも届いていたわけで、やはり絶大なものだったのだろう。ただ一つ、彼女が存在することで一つだけ厄介になるのは、花粉症である。


 彼女の特性であり、彼女の存在意義としての最たるものとして、植物の核であるということだ。つまり。


 彼女が生きれば、植物は活性化し。

 彼女が死ねば、植物も息絶える。


 植物が活性化するということは、生殖活動も活発になる。つまり花粉が舞う。花粉症にとってここまでひどいことはない。だからと言って咲姫にそれを愚痴ると、


「そうですか。それはそれは、私のファンたちがご迷惑を。では、私がここで死にますね。」


 と冗談か本気か分からないようなことを言い出すと思われるので、なかなか言えないのだ。ちなみに専門家は花粉症ではないそうだ。


「『病は気から』とも言います。花粉が舞っていることで、そういう気分にさせられるだけです。」

「なるほどねえ。まあ、俺は健康そのものだから、花粉症だけが唯一の心配事だよ。まさに、『病は木から』って感じだね。」

「全くもって意味が分からないこと言わないでください。寒すぎて風邪をひいてしまいます。」

「羽天に報告だな!」

「何でもかんでも、風邪と言えば羽天さんみたいなのやめた方が良いですよ。嫌われるだけじゃなくて、本当に島民に被害が出ます。」

「神那ちゃんは本当に島民想いなんだな。」

「別にそうじゃありません。好敵手には最後まで残っていてほしいということです。」

「好敵手?」

「少し語弊がありますかね。私の語彙力ではどうにも表現することが難しいですけど、端的に単純に手短に言うと、嫌いです。」

「端的に単純に手短に言ったな。」

「嫌いで、憎くて、恨んでいます。これ以上は言えませんが。」

「そっかあ。」

「それより、咲姫さんに報告行きますか?もうすぐ彼女の砦ですよ。」

「砦と碧と磐って、似てるよね。」

「似てるも何も、下の漢字が全て同じじゃないですか。」

「確かにそうだ!でも、なんで碧って石が含まれるんだろうな。色なのに。」

「宝石じゃないですか?その辺は私ではなく羽天さんにでも聞いてください。」

「おお、なるほどなるほど。」

「で、どうするんですか?」

「行こうか!」

「はあ。」


 ため息をつかれた。余りにも馬鹿に見えてしまったのだろうか。だったら後で誤解を解かないと。

 涼風家の下山道の途中に、茅野咲姫の為の砦がある。これは、彼女のこの島に移るための条件だったのだ。


「ちわーす。」

 彼女はいつも通り十二単のような装いで風貌は美しいという言葉これほどまでに似合う人はいるのかと会議が国レベルで始まるほどだ。


「あら、おはようございます。今日はどういった幼児でしょうか。」

「そんな誤字はやめろ。毎回俺が幼児を連れてきているみたいじゃないか。」

「私からすれば、みんな幼児みたいなものですよ。お隣の子なんてまさにじゃないですか。」

「やめろ、神那は身長こそ小さいものの、それ以上におっぱ」

 ぐはッ。

 己卯神那の右ストレートが見事にみぞおちに入った。


「あらあら、仲がよろしいこと。」

「仲がいいわけありませんっ!」

「ふう。それで、少しお願いなんだが。」

「おや、もうみぞおちの方は大丈夫なんですか?なんならうちで一晩泊っていってもいいですよ?」

「何を言ってるんだ!」


 そ、それはちょっと、わ、悪くないんだけどね。ただこうしている間にも神那ちゃんの右ストレートの準備が着々と遂行されている。…怖えよ。


「そうじゃなくてな、花粉なんだけど。」

「花粉…ですか?」

「いや、ちょっと多いなあって。花粉症の身としてはちょっと辛いなあと。」

「そうですか。それは、私としたことが。今すぐ死んで詫びます。」

「そこまで言ってねえよ!」


 ほぼ思った通りの返答に、万全の対策とはいかず。勢いでツッコんでしまった。


「別に死ななくていいから、むしろ死なないで。ただ少し、花粉の量を減らしてくれればなあと思っただけだから。」

「そうですか。では、私の方で少し検討させてもらいます。閣議決定するまでしばしお待ちください。」

「そんなシステムだっけ?」

「いえ、冗談です。政治ってよく分かりませんし。それに、独裁派です。民主政治だなんて嫌いです。」

「ふ~ん。」


 まあ、確かに。彼女の特性から言って、植物を全て統べているのは、彼女の独裁的な方針であり、そこで植物皆に話を聞いて回っていたらきりがないだろう。しかし、それによって反発とか起きないのかな?


「そういう時は、私が責任をもって罰を与えています。」


 ニヤッと微笑み、外に生えている草花を見る。草が怯えている。めっちゃ怖え…。


「だいたい、民主的に事を進めようとすると時間がかかるんですよ。どうせみんな自分のやりたいようにやりたいだけですし。本当にその界隈について考えている子なんてごく一部ですよ。


 いや、一時期そういうこともあったんですよ。完全に任せますよって時期が。そうすると、問題が多発しました。全面戦争勃発かとまで行きましたよ。


 例えば、ある問題に対して、一つの案が提示されます。それに対して賛成派、反対派に分かれます。ここまでは別にいいんですけど、その後それぞれの派でグループができます。そして、話し合いの中で自分の方に傾かなくなると話し合いとかそっちのけで、グループのリーダーの悪口を言い始めます。最終的には、こいつが言ってることは全部嫌いっていう人が現れます。」


「まるで、子供みたいですね。おもちゃ没収された幼稚園児のようです。」

「分かってくれましたか?神那ちゃんでしたっけ?だから、みんな幼児なんですよ、私からしてみれば。」

「デモクラシーは、自己満足です。みんなで話し合いましたという証拠が欲しいだけです。」

「そうです、それが言いたかったんです。さすが専門家ですね。」

「なるほどねえ。よく分からんけど頑張れよ。花粉の件頼んだぜ。」

「完全に途中から聞いていませんでしたよね?寝ていましたよね?」

「いや、ね、寝てねえよ。あれだろ、大正デモクラシーと灯台下暗しって似ているって話でしょ。」

「全く聞いていませんね。」

「そうですね。」


 咲姫と神那ちゃんが目を合わす。その目は完全に、見下す目だった。いや悪かったって別にそんなつもりじゃなかったんだよ。


「じゃあ、私とこの馬鹿は帰ります。私は関係ないですけど、花粉の件願いしますね。」

「分かりました!」


 こちらは、きっちりとした敬意と礼儀たっぷりの敬礼だった。

 そして、この砦を後にし、最後の仕事へ向かう。

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