出陽国物語集
三河安城
第1話 天才の天使
では、誰が生むのか。その答えは何も難しい答えではない。
人間である。
自分が正常だとするがために、あるいは異常な状況を納得するために作り出す。あくまでも狂っているのは、この状況なのだと思い込むために作り出す。
そんなことを彼女に言うと、「神怪と神経って、漢字似てるよね。」などと、的の外れた答えが返ってくるだろう。それに続いて、「みたいな感じでしか、聞いてないんじゃない?島の人たちは馬鹿だからさ。」と言う。
「なんかさあ、星になりたいよね。上から眺めてさ、まあここも言っちゃえば上から見てるっちゃ見てるんだけど。なんて言うかさあ、もういいんだよね。崇められるのも、恐がられるのも、噂されるのも、めんどくさい。いっそのこと死んでしまいたいよ。まあでも、ここで死んじゃったら後釜どうするのって感じだけど。私がいなくなったら、大変だからね。無風地帯になって、天体も見られなくなって、一番つらいのは風のうわさが出来なくなっちゃうんだよ。ほら皆好きでしょ噂話と言うか、都市伝説と言うか。そういう面で見ると、他の神怪も強制的に抹殺されるんだよね。だから言ってしまえば、神怪も人間も生かすも殺すも私次第ってわけ。」
彼女の場合、神怪であるのは間違いではないのだが、他の神怪と比べるとやはりそこも違ってくる。たいていの神怪は、見た目だったり伝説だったりが少し違ってくるのだが、彼女に至っては、全く同じなのだ。寸分の狂いもなく、完全に極めて正確に一致する。
黄金に煌く髪。
純白に染まる羽。
奇跡の脳の持ち主。
ショートパンツに長袖。
島民は、彼女を天使と呼ぶ。
彼女の名は、涼風羽天。元人間にして、現天使。
そして、彼女から問い返される。
「でもさあ、頭が良いってどういうことなんだろうね?私は結局こういう風に島民によって崇め奉られてるわけだけど、祭り上げられてるわけだけど、いまいちその理由もよく分からないしね。
テストが出来るから頭が良いっていうのもなんか違うよね。あれって、結局記憶力勝負だし。頭の良さっていうのが、記憶力で測られるんだったらそれでいいんだろうけど、それだったらしょうもないこと覚えて『こんなに俺は覚えてるんだぜ』って、鼻を伸ばす輩が生まれそうだし。だから結局頭が良いっていうのは計測できる物じゃないんだよね。スポーツとか、家事とか、芸術とかと一緒。自分ができないことを持ち上げるために頭が良いって言うのかなと最近は思うんだけどどうかね?」
どうかねって言われてもそんなこと分かったもんじゃない。その記憶力で島役場に来た身としては、どう応えることもできない。隣でひたすら本を読む専門家は、こちらの目線に全く応答してくれない。
「じゃあ、来週までの宿題ってことで。」
とんでもなく難題な課題だけ残された。このまま帰るしかないのかなぁ。すると、無口無視を貫いていた専門家が口を開いた。
「頭が良いというのは、適応力が高いということです。学ぶという分野においてカテゴリにおいて、適応力が高いと頭が良いという風に言われます。それは、スポーツ選手や芸術家にも言えることでしょう。スポーツ選手に言う運動神経がいいというのと、芸術家に言うセンスがいいと同じです。さあ、これでどうです?答えになりませんか?」
煽るなあ。本読みながらずっとこんなこと考えていたのかな。
「ふ~ん。なるほどね。まあ、それも一つって感じだね。」
「では、これで失礼します。くれぐれも、島民に迷惑をかけないように。」
「はいはい。了解でーす。」
緩い腕の動きに、完全に見下した目で彼女は敬礼をした。
こんなにも失敬で、失礼な敬礼見た事ない。
「では、帰りましょう。足助さん。」
「え、ああ、うん。」
涼風家がある山を下り、役場に向かう。今年から始まった週一回の神怪総回診は、基本的に5大神の相手をし、災いを起こさないようにさせることを目的としている。
風の神、
水の神、
木の神、
火の怪、
山の怪、
それもこれもすべて、5大神が起こした昔の災害の対策だというからいかにも原始的で、無意味なのではと思うばかりである。本都から来た身としては新聞などでしか知らなかったが、そういうところから少しばかり怖さを感じる。
島特有の、何といえばいいかよく分からない気持ち悪さがこみあげてくる。
初めて出会った時の専門家からも感じたそれは、言ってしまえば「そういうの信じちゃうんだ。」みたいな気持ちで、―羽天のことを言えないのだが―バカなんじゃないの?と思ったことはあった。
しかし、あの事件があって以来そんな風には思えなくなった。確かにここには神様がいて、神怪がいる。
最悪の災厄も。
悪夢の悪戯も。
地獄の晩餐も。
全て、ただの自然災害とは言えない。自然災害にしては、人間味があって気持ちが悪い。
閑話休題。
そんなこんなで今日。5月3日。凍えるような冬が終わり、仄かに暖かい風が吹き、小鳥が囀る。
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