第4話 昔馴染みの友人

 

 次の日から、私はご主人の屋敷の住み込みメイドとして働き始めた。掃除、洗濯、料理からちょっとした日曜大工まで。


 長い間、あちこちでやり方は見てきた。屋敷には本もたくさんあったので、レシピなんかはそれを活用させてもらう。

 今までの私ならやる気がなく、ダラけた生活を送るだけだっただろうが、どうやらあの薬には活力剤のような効果もあったようで常に体から力が湧いてくるようか感覚がある。まぁ、それとは別にやる気がでる理由もあるけどね。


「さてと、次は何を……」


 夕飯の買い出しにでも行こうかと考えていると、コンコンとドアをノックする音がした。


「はーい。今行きます」


 ガチャリとドアを開く。するとそこには見知った男がいた。


『よっ、クロエ』

「久しぶりバロン。どうぞあがってよ」


 失礼するぜ、と言ってバロンが屋敷に入る。

 そのまま客間に案内すると遠慮なしにソファに座り込んだ。


「友人の家とはいえ、もう少しきちっとすべきじゃない?」

『今更何を。オレとテメェの仲だろ? 気にするこたぁねぇさ。それにクロエだってウチに来た時は裏口から勝手に入って来るじゃねぇか。それに比べれば玄関をノックして入るオレの方がマシさね」


 自分は気遣いができてるとでも言いたいのかこの男? バロンがドアをノックするのは過去に無断進入してご主人に実験体にされそうになったからでしょ。


「飲み物は何がいい?」

『ミルク! それもとびっきり上等なのをな」

「はいはい。ホットがいい? それとも普通の?」

『外が寒かったからなぁ。ホットで頼むぜ』

「了解」


 客間にバロンを待たせたままキッチンへ向かう。ご主人が開発したボタンを押すだけで火がつく魔法のコンロにやかんを乗せ、ミルクを入れる。

 火を扱うのは苦手だけど、私のためだけにご主人はこの家に色々と便利な魔法道具を用意してくれた。あと一日・二日しか使わないというのに。


 ミルクから湯気が出始めたので、ミルクをポッドに入れて器と一緒に客間へ運ぶ。


「はい、バロンの分。お茶菓子は手作りの砂糖控えめビスケットよ」

『ミルクだけじゃなくお菓子もかよ! 持つべきものは友達ってな』


 熱っ! と言いながら私が注いであげたミルクを飲むバロン。

 その様子を見ながら、私もご主人と色違いのカップに注いだホットミルクを飲む。


『いやぁ、このビスケットも美味しいな。味がくどくないのがいい。うちのババァが作るのは甘々だからな』

「それでもバロン食べてるじゃん。だからそんな風に太るのよ」

『とりあえず食い物があれば食べる。残すのは勿体無いし、バチが当たるかもしれないだろ?』


 ドヤ顔をするバロンは見事な出っ腹をしている。出会った頃は華奢な少年だったのに今では昔の面影なんてない。


『しっかし、こうしてクロエの手作りお菓子が食べられるなんてなぁ。テメェのご主人様々だぜ』

「まぁね。あぁ見えて凄いからねうちのご主人」

『ただの頭のネジがぶっ飛んだ変態かと思ってたんだけどな』


 バロンよ。そのイメージは間違いないよ。ただ、今回はそれがプラスに働いただけだから。


「で、今日は何の用?私は今こんな体だし家事もしなきゃだから一緒に遊びには行けないけど」

『いや、遊びきたわけじゃないんだよ。最近、テメェの顔を見てないから何してんのか気になってだな。様子見に来たら噂通り、変な事になっていたってわけだ』

「流石、この辺りのボスって言われるだけはあるわね。情報が早い」

『よせやい先輩。オレはあんたから譲って貰ったイスに座ってるだけさ。まだガキだったオレのために他の連中をボコボコにして……』

「ちょっと待って。その話はやめなさいよ。昔の、昔の話だから」


 10年前のあの頃はご主人に拾われてしばらくしてからだったから私も相当やんちゃしてた。喧嘩して怪我しても次の日にはご主人のキズぐすりで全回復してたし、筋力増強剤だとか諸々でパワーアップしてたけども! お山の大将気取りだったけども!


『長い付き合いだし、今のテメェくらいのやつは何人も見て来た。そろそろ頃合いだろうとは思ってたが、元気そうで何よりだぜ』


 すっかり冷たくなったミルクを飲み干すバロン。冷まさなきゃ飲めないなら最初から温める必要なかったんじゃないだろうか。


「元気そうねぇ……そうでもないわよ」

『というと?』

「この姿になった原因の薬ね。効果があと少ししかないの。その後どうなるかはわからないわ」

『また作って貰って飲めばいいじゃないか?』

「あんたは知らないだろうけど、薬学の本に書いてあるのよ。魔法薬なんかは一度摂取すると体内に抗体……っていうのが発生して薬が効きにくくなるの。だから次も同じ効果が同じ期間通じなくなるってわけ」

『そうかい。そりゃあ、残念だな』

「でも、この姿になったことは嬉しいのよ。ご主人とやりたかったことが、してあげたかったことができたから」


 恩返しがしたい。それがもう一つの力が湧き出る理由。

 拾って育ててくれた今までの愛情を少しでも返してあげたい。


『昔から変な奴とは思っていたが、テメェはとびきり変な奴だ。だからこそあの変態魔法使いと惹かれ合ったのかもねぇ』

「いや、アレと同レベルの変人さはないから私」

『けっ、惚気もここまでくれば嫌味だな。こんなんならガキの頃にテメェにプロポーズしとくんだったな』

「残念でした。初めてあんたにあった頃から私はご主人一筋だったから勝ち目ないわよ」

『そうかい。なら、ひとつ助言を教えといてやるよ』

「なによ?」

『オレはよ、耳は良いんだ。だから、夜は防音の結界をテメェのご主人に頼んどくんだな』

「……ふへぇ?」


 防音? 結界? 夜?

 混乱する私にバロンはニヤリと笑う。


『昨日もお盛んなことで』


 …………っ!!


「こ、この馬鹿! ふざけるな! すけべ親父! 馬車に轢かれて死んじゃえ!!」

『おっと! 箒を振り回すんじゃねぇよ。ちっ、まぁとにかくその姿を楽しみな!あばよ』


 その太い体のどこに⁉︎ と言わんばかりの素早さでバロンが屋敷から逃げ出した。

 外まで追っかけてやる! と玄関まで進んだところで夕暮れを知らせる時計塔の鐘が鳴った。


「あ、しまった!」


 そこで私は夕食の買い出しを忘れていたことを思い出した。

 バロンの奴め……命拾いしたな。次に会った時は身ぐるみ引っぺがしてご主人の実験体にしてやるんだから!




 ………とりあえず、急いで買い物に行かねば。










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